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浮遊する心


先生とわたしのことを少し書こうと思う。彼は経済学部の講師。その時わたしは26歳で、数ヶ月前にそれまで勤めていた会社をある理由でいられなくなって辞めて、春先から郊外にある私立大学で働いていた。

先生の講義を受けたことはなかったので、彼が何を研究しているのか詳しくは知らなかった。特に知らなくて良かった。彼とする話には学問的な色彩は一切なかったからだ。

それでは何を話すのか。気づいたらわたしは自分のことをぺらぺら話している。包むところは包んで、その時々の話したいことを流れるように話している。断片的なもやもやする気持ちをかき集めて整理するかのように。

時には穏やかな川の流れのように緩慢にだらだらと、帰着するところは遥か遠くを目指して。また時には海に立つ白波のように激したりしんみりしたりと忙しく、起点に立ち戻りながらも同じようなことを繰り返し口にして。

愛し愛されることなんて求めてなかった。
ただわたしに触れようとする指がほしかった。
浅黒くてスポーツ選手のように節くれだった、でも時にとても優雅に動く知的な指。

男の人の指を見るのが好きだった。
爪の形。爪先の緩やかなカーブ。
そっと目でなぞりたくなるような柔らかな曲線。

先生が触れるのはわたしの肉体ではなく、気まぐれに高揚しては打ち沈む心。
意味もなく浮遊する心を彼の手でつなぎとめてもらいたかった。

今はどうしても必要。わがままだとわかっていても、わたしのために時間を割いてくれる誰かがいないとだめだった。


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