【アリスの物語】はじまりの虹
その日アリスは、夫の実家へ帰省した帰り道、高速道路の助手席で見た虹を思い出しました。そうそう、こんな感じの晴れやかというよりは、暗雲立ち込める中、一筋の虹にすがって、虹を目指して進むしかないとでも言われているようでした。
お盆には夫の実家へ、お正月には私たちのところへ。一人息子の夫の両親はお盆とお正月に孫に会えるのをとても楽しみにしています。
大変だけど、実は私も少し気が休まる気がして嫌ではありません。
何しろ長女が素に戻れる唯一の機会だと思うからです。
私と出会うまでは田舎の祖父母(夫の父母)の元で育った長女。1年ほどでしたが祖父母はなかなかなつかない孫に相当手を焼きながら、それでも愛情をたっぷり振りかけて面倒をみてました。
わがまま言い放題、頑固で嫌なことは絶対しない長女は、ありとあらゆる知恵を絞って反抗しました。
ですが、我が家に来て一緒に暮らすようになってからは、いえ、あの日一緒に高速道路で見た不吉な虹を見た日以来、わがままを言うのを聞いたことがないのです。
私がそれを許さなかったのでしょうか。
許さないオーラがでていたのでしょうか。
それとも長女の方が気を遣って、「ママに合わせないと」と思っていたのでしょうか。
一緒に暮らすとか、引き取るということは誰も考えていませんでした。
唯一夫はうまくいけばいいなと念じていたかもしれません。
夫の両親は「こんな若い娘っ子にこの頑固な孫の世話ができるはずがない」「この聞き分けないけど可愛い孫は自分たちがずっと育てよう」そんなふうに思っていたのは間違いありません。
夫の実家に2泊3日。2回目の訪問です。1回目の滞在中は一緒に遊んで少し仲良くなりました。
くるくるした大きなまんまるオメメで、にっこり微笑まれると自然とこちらも笑顔になります。
2階の押入れにはたくさんのおもちゃが収納されています。最近のものからすこし古いものまで。この家に一緒に持ってきたものと元々あったものが混在していました。
夜は一緒にお風呂に入ると言い、台所にいけばついてきて私も手伝うと言います。四六時中離れない覚悟とでもいうか、気迫を感じました。
もちろん私もそんな心の準備はしていません。軽い気持ちで来てます。
さて、いよいよお別れの時が来ました。
夫の両親が山で採った山菜や缶詰にした竹の子やフキ。近くの養蜂場の蜂蜜、車の中で食べるようにとおにぎりやつまみ。今やサービスエリアでいくらでも食べられるし買えるのですが、田舎のお年寄りの感覚です。たくさんの手作り弁当を持たされました。
「それじゃあ、マルちゃん(まん丸オメメだからマルちゃんです)。また来るからね。ばいばい。」
助手席に乗り込んだ私のドアのそばまできていたマルちゃんに声をかけます。
前回は「はーい。じゃあ指切りゲンマンね。また来てね。」って指切りしたのに、今日は返事をしません。おおきなまん丸笑顔の象徴、笑顔の真ん中でひかる大きなオメメが、必死なオメメに変わってます。笑顔で光っていたオメメにはみるみる涙が溢れてました。
おばあちゃんが慌てて、「あなたは行けないのよ」って駆け寄って抱き寄せます。
「ドア閉めて」
夫の声で我に返った私はドアをバンと閉めました。
閉まると同時に出発した後ろから、なんとも言えない叫び声が聞こえます。
この世の終わりかと思うほどの叫び声に思わず振り返ると、走りだそうとするマルちゃんの小さな細い体を、おばあちゃんが必死に抱き抱えて。
おばあちゃんの顔も涙で歪んでいます。
おじいちゃんも横から応援に駆けつけ、2人を抑えようとしています。
それを目にした瞬間
「止めて。」
思わず口をついて出ていました。
夫は聞こえなかったのかそのまま進みます。
もう一度振り返りました。泣き叫ぶ声はやまず3人それぞれに必死です。
「止めて!」
大きな厳しい声が聞こえました。
すっと車が止まります。
マルちゃんはおばあちゃんの手を振り解きこちらに走ってきました。
高速道路の後部座席で、嬉しそうにまん丸笑顔で座るマルちゃんを振り返り
「虹が出てるね〜」
って指差した先には、「パッとしなくてごめんね」と言い訳してる虹が、それでも暗雲の中で頑張って立っていました。
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