薬膳cafe五花 3月:気になるティーセット #4
土曜日の昼下がり。
カランカラン……
春風とともに、ショートカットのにこやかな女性が入ってきた。
お。なつめさんだ。
❁ ❁ ❁ ❁ ❁
「今日はお茶にしようかな。この気になるティーが気になります」
ピスタチオグリーンのカーディガンの袖から出た指がメニュー表を追っている。
「わ。嬉しいです。メニューに出したばかりなんですよ」
「そうなんですかぁ。どれにするか迷いますね」
といいつつ、指が冷え性のところで止まっている。
3月とはいえ今日は曇りで肌寒い。
「うーん…。冷え性のお茶にします。スイーツは何ですか?」
「よもぎのシフォンケーキか、黒ごま団子のどちらかです」
「じゃあ、シフォンケーキで」
「はい。お待ちください」
こぽこぽこぽ……
紅茶を淹れる。
スライスした生姜を加える。
輪切りの乾燥なつめは一緒に食べて欲しいから、少しの水で戻しておいたものをカップに入れておく。
なつめに気がつくかな?
私は意味もなくコホン。と咳払いをした。
スイーツ用のお皿には、よもぎのシフォンケーキに豆乳ホイップクリームを添えて、ミントの葉を載せた。
紅茶が入ったポットとティーカップ。
ハチミツが入った小瓶。
お盆にセットしてカウンターに運んだ。
「お待たせしました。お好みではちみつを入れてくださいね。なつめはそのまま食べられます」
あら。墓穴掘っちゃった。
「はぁい」
𓂃◌𓈒𓐍
「ふうっ。暖まりますね」
「良かったです。今日はちょっと肌寒いですよね」
なつめさんは頷いた後に何かを思い出した顔をして「そういえば。この前私を見て、なつめさんて言ったじゃないですか。理由を聞かずじまいだったから」いたずらっぽく笑った。
キタキタキタ……
「ですよね」
キッチンに戻り、カウンター越しに私は説明した。
この空間では、ふっとリアルを忘れてくつろいでほしい。
色んな食材や花の名前などでお呼びしたら素敵じゃないかと思ったこと。
名前を思いついてつい呼んでしまった事。
なつめさんは両手でカップを包んで若干にやにやして聞いてくれている。
「深く考えていなくって。失礼しました」
「そうだったんだー。いえいえ、嬉しいです!」
笑顔で言ってくれてほっとした。
「でも…」
私は言いかけて口をつぐんだ。
「でも?」
「2番目にお呼びしたお客様が、自分はいいけど最近はニックネーム禁止のご時世ですけどね!って言ってくださって。あ"ってなって、ちーんとなりました…」
「あはははは…!!確かに!ちなみになんて名前なんですか…?」
「……きくらげさんです」
私が言うとなつめさんは更に笑っている。
「あっはっはっは‼︎」
「きくらげはめちゃくちゃ優秀食材なんですけどねっ」
今日のメニューに関係ない、きくらげの説明をしそうになったが、また暑苦しくなるから語るまい。
と、そこにドアベルが鳴り、颯爽とお客様が入ってきた。
「カレーある?」
「あ、きくら…!!」
私が思わず言うと、なつめさんがビックリした顔で
「ちょっ!! きくち?!」と言った。
き、きくち?!
きくらげさんも「おおーっ!さくまじゃないかー!!」となつめさんに言った。
どうやら2人は知り合いみたいだ。
きくらげさんは迷う事なくなつめさんの隣の席についた。
❁ ❁ ❁ ❁ ❁
限定カレーが売り切れた事を伝えると
「じゃあ俺もお茶しよう」
とホットコーヒーとよもぎのシフォンケーキをオーダーしてくれた。
「さくま、元気にしとったと?」
「しとったと〜って。なにその怪しい福岡弁」
「怪しくないとよ」
「もう。うざい」
「うざい言うなー!」
「まぁ。なんとか元気にしてたわよ」
2人は小学校からの同級生らしい。
幼なじみの気楽さが感じられて微笑ましい。
きくらげさんは第一印象は寡黙な印象だったけれど、面白い人なんだな。
数日前も来店してくれて、転勤で福岡に住んでいたが東京に異動になって帰ってきたんだと話してくれた。
笑うと目尻が下がって優しい印象になり、案外話しやすかった。
それにしても、きくちさんとは。
【きく】までは合っていたのね。
コーヒーを淹れて、またお盆にシフォンケーキをセットする。
コーヒーもあるの?とたまに聞かれるが、薬膳視点でもコーヒーは気持ちをほっとさせる飲み物なのだ。
❁ ❁ ❁ ❁ ❁
静かに音楽が流れ、2人の話し声が耳に心地よい。
食器を洗い、拭き、仕舞い、仕込みもしなきゃ。
「このシフォンケーキふわふわ」
「美味しいなぁ」
なんて感想も聞こえてきて、嬉しくなった。
𓂃◌𓈒𓐍
「おっと。そろそろ帰らなきゃ」
時計が17時を回ってる。
「お。俺も帰ろ」
2人は席を立った。
お会計を済ませたあとに
「なんかすごい偶然でしたね。話しをしてたらご登場されて」と言ったら
「ほんとウケるー!」
となつめさんが笑っている。
「なんの話ししてたの?」
ときくらげさんが聞いてきたので
「ニックネームの話です」
と言うと、きくらげさんは思い出したような顔でハハッと笑った。
「ニックネームは最近だめらしいよって言ったわけ。俺はいいけど。ね、ママ?」
…マ?!
「スナックじゃないんだから!!もう」
なつめさんがきくらげさんの腕を軽く叩く。
「いてて」
漫才みたいなやり取りに笑ってしまった。
「面白いですねぇ。またお2人でもお越しください」
と言ったら2人とも笑っている。
「はい、また来ますね」
「またカレーも食べにきます」
「ありがとうございます」
お辞儀をして見送った。
カランカラン……
開いたドアから入ってきた強い春風が、店内に残った楽しい余韻を踊らせた。
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