【乙】あずかりやさん/大山淳子
最初の語り手は「のれん」だった。店先に下がっているあの「のれん」だ。次の章の語り手は「自転車」。目の見えない店主の代弁するかのように特殊な語り手から語られる世界は、文章を読んでいてもありありと伝わってきた。
最後の章の語り手は白猫。人が「ねこ」と呼んでいる招き猫と自分のフォルムが違いすぎることに違和感を覚えているあたり、本当に猫から見た世界、といった感じだ。
商店街の端に位置する「あずかりやさん」は一日百円で何でも預かってくれる店だ。
盲目の店主が日数分の代金を受け取ってものを預かり、受け取りに来た人にただ返却する。支払った代金分の日数を過ぎても受け取りに来ない場合、預けたものは店主のものになる。
「あずかる」だけの商売。
いまいちピンとこず、その商売に何の意味があるのか分からなかった。むしろ「運び屋」とか、いかがわしい響きに近しいものすら感じてしまう。実際に身の回りにはそんな商売存在していないし。
本書では、そんな「あずかりやさん」を、私には想像もつかなかった用途目的で利用する人々の様子が描かれる。
例えば、おんぼろの自転車で家を出て、通学途中の「あずかりやさん」に預けてあるピカピカの自転車に乗り換えて登校する少年。無駄なことをしているようだけど、彼にもまた優しい事情があるのだ。
また、この店の店主は彼にしか務まらないだろう。目が見える、見えないは関係なく、あずかったものに無駄な興味を示すことなくただきちんと預かり、無駄な詮索をすることなく返却するというシンプルな作業は意外とできないものだ。
個人的には、ある種良心的すぎるとも思えるこの店と店主が、必要以上に悪意にさらされたりする描写がないところも、本全体のカラーとしてとてもいいと思った。
終始あたたかく、優しい世界で物語が進むので、さらさらと、安心して読み進めることができる。どんなに元気がないときでも読めるし、心地いい読後感が得られるはずだ。