いつかの肴

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【乙】あずかりやさん/大山淳子

最初の語り手は「のれん」だった。店先に下がっているあの「のれん」だ。次の章の語り手は「自転車」。目の見えない店主の代弁するかのように特殊な語り手から語られる世界は、文章を読んでいてもありありと伝わってきた。 最後の章の語り手は白猫。人が「ねこ」と呼んでいる招き猫と自分のフォルムが違いすぎることに違和感を覚えているあたり、本当に猫から見た世界、といった感じだ。 商店街の端に位置する「あずかりやさん」は一日百円で何でも預かってくれる店だ。 盲目の店主が日数分の代金を受け取

    • 【乙】星がひとつほしいとの祈り/原田マハ

      女性作家による、女性たちが織りなす短編集。 実はあまり馴染みがなかった。 生きる場所も年代も違う女性たちが登場し、彼女たちは皆、自分や身近な人物の幸福を祈り、希望をもって人生を進める。 自分を投影するほど似た境遇のキャラクターはいなくとも、「女性」が中心となっているだけで読みやすく、内容はスムーズに入ってきた。 登場人物たちのそれぞれの「祈り」はどれも厚かましくなくささやかで、そんな無欲さに淡い憧れを持った。よくできた人間たちだ。 表題作「星がひとつほしいとの祈

      • 【甲】星がひとつほしいとの祈り/原田マハ

        何を書こうにも、書き出しが一切思いつかない。 どうやっても陳腐な表現にしかならなくて困り果てている。ただの感想文なので別にかっこつける必要はないんだけど。 本を読んだ、というよりも映画を見たような感覚だからかもしれない。 ひとつひとつの情景や人物像がありありと思い浮かぶような文章だった。これは作者である原田マハさん自身の豊富な経験と、解説の言葉を借りるなら、「すべてをいちどに身体に取り込み自分の言葉に置き換えて、一文字ずつ文字を紡ぎ、読者に伝える力」のおかげに他ならないように

        • 【乙】僕のなかの壊れていない部分/白石一文

          この物語を自分からは程遠い高慢な男の話、という感想を持てる人は、ある意味とても健康で幸せな人だろうと思う という一文が窪美澄氏による解説の中にある。 なんだかんだ、私はこういうざらついた、”他人には理解しがたいもの”に対するうっすらとした憧れがあるだけの健康で幸せな、「普通の人間」だ。 主人公である「僕」の考え方に共感をすることは非常に難しく、男性が主人公の本だからだろうか、私よりはるかに賢い人間が主人公だからだろうか、と理由を連ねてはみたものの結局はそういうことなんだろう

        【乙】あずかりやさん/大山淳子

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        • 乙の読書感想文
          4本
        • 甲の読書感想文
          6本

        記事

          【甲】スタンフォードの自分を変える教室/ケリー・マクゴニガル

          “自分を変える” 劇的で魅力的なフレーズだと思う。ただ、私はこの手の自己啓発本に対してはかなり懐疑的な態度をとっていて、自己改革の方法は自分で模索し実行しないと意味がないようにも考えていた。が、結論から言ってめちゃくちゃためになった。 この本では一貫して“意志力”について様々な実例や科学的見解をもとに、講義をそのまま文章にしたようなかたちで書かれている。実際にスタンフォードでこの講義を受けて、意志力の実践に成功したり失敗したりした生徒たちがいるのだ。成功した人がいるならわざ

          【甲】スタンフォードの自分を変える教室/ケリー・マクゴニガル

          【乙】スタンフォードの自分を変える教室/ケリー・マクゴニガル

          「両極端だが両方間違っているとは言い切れない」情報がインターネット上にはたくさん転がっている。 「できる人の10か条」「賢い時間の使い方」といった、頑張ることがよしとされるものがあれば、「生きてるだけで偉い」「とにかくあったかくして寝な」といった頑張りすぎないことがよしとされるものもある。あながちどちらも嘘ではなく、私自身は自分のコンディションに合わせて都合よく両方の説を支持させてもらっている。 とはいえ、どちらかというと「頑張りたい」のだ。自分が壊れるほどの努力をした

          【乙】スタンフォードの自分を変える教室/ケリー・マクゴニガル

          【甲】僕のなかの壊れていない部分/白石一文

          長かったような短かったような。半分くらいを夜中に一気読みしたこともあって、釈然としない奇妙な読後感が残った。 昔の男が住む京都で、美しい恋人はどんな反応をするのだろうか。悪意のサプライズ旅行を企画した29歳出版社勤務の「僕」は、関係を持つ三人の女性の誰とも深く繋がろうとはしない。理屈っぽく嫌味な言動、驚異の記憶力の奥にあるのは、絶望か渇望か。切実な言葉たちが読者の胸を貫いてロングセラーとなった傑作。(裏表紙あらすじより) このあらすじは言い得て妙で、なんにも本筋から逸れた

          【甲】僕のなかの壊れていない部分/白石一文

          【甲】i(アイ)/西加奈子

          「この世界にアイは存在しません。」 この言葉を否定するためにこの小説はある。 人に「i」という小説を読んでいる、と話したらそれってどのアイ?と聞かれた。 表記上はアルファベットのアイだけど、、、とかいってはっきり答えられなかった。 多義的なようにも、本質的には一つに意味を絞れるような気もする。 主人公の名前はワイルド曽田アイ。 シリアに生まれ、アメリカ人と日本人の裕福な夫婦に養子として引き取られたアイは、いつも自分の境遇に引け目を感じていた。黒いノートに書き留めた

          【甲】i(アイ)/西加奈子

          【乙】i(アイ)/西加奈子

          アイは、紛争や政治問題の絶えない国、シリアで生まれた。 記憶もない赤ん坊のころに、アメリカ人の父と、日本人の母のもとに引き取られ、日本で恵まれた生活を送るアイは、幼いころから世界のあらゆるところに発生する災害や事件、不均衡に目を向け、そのたびに胸を痛めていた。 恥ずかしながらも、私自身は世界中で起きている不幸に日常的に思いを馳せるどころか、それに対する知識すら一般的に見てだいぶ足りない。この本を読みながらも自戒の気持ちがふわっと居座り続けた。そんな私にも多少は思うところ

          【乙】i(アイ)/西加奈子

          【甲】月の満ち欠け/佐藤正午

          あたしは,月のように死んで,生まれ変わる――この七歳の娘が、いまは亡き我が子? いまは亡き妻? いまは亡き恋人? そうでないなら、果たしてこの子は何者なのか?三人の男と一人の女の三十余年に及ぶ人生, その過ぎし日々が交錯し, 幾重にも織り込まれてゆく, この数奇なる愛の軌跡。第157回直木賞受賞作。<表紙より> 「いいなあ。」 この作品を読んで、最初に頭に浮かんだ感想だ。これは良さをかみしめてるんじゃなくて、羨ましがってるほう。 最初は生まれ変わってまで会いたい人がいるこ

          【甲】月の満ち欠け/佐藤正午

          【乙】月の満ち欠け/佐藤正午

          新しい本を探すにあたって、惹かれる部分が多すぎる一冊だった。 装丁からは、少し硬い印象を与えられた。岩波文庫おなじみの装丁だ。しかし、本来出版社名「岩波文庫」が書いてあるはずの場所には「岩波文庫的」と書いてある。まんまと気になって手に取ってしまった。後から調べたところ、本来岩波文庫は長い年月の評価に耐えた古典を中心に出版しているため、刊行後わずか二年の今作は老舗出版社としても異例のパロディ「岩波文庫的」として出版されたのだった。 また、私は今作の作者佐藤正午さんの作品を読ん

          【乙】月の満ち欠け/佐藤正午

          むかしのはなし/三浦しをん

          「死ぬことは生まれた時から決まってたじゃないか。」 そんなことを、言われましても。 頭では理解しているつもりでも、突然「3ヶ月後に確実に死ぬ」と告げられたら逃げたくはなるだろう。 本書は、7編にわたる短編集であり、それぞれの物語には一貫して「3か月後に隕石が衝突して地球が滅亡する」「宇宙に脱出できるのは抽選で選ばれたわずか1000万人の人類のみ」という設定がある。描かれているのは、その重大発表がされるより前や、された瞬間や、もしくは宇宙に脱出した後の人間たちだ。 ホストに

          むかしのはなし/三浦しをん

          【甲】むかしのはなし/三浦しをん

          この本は、今「昔話」が生まれるとしたら、をコンセプトに7つの短編が収録されたもので、その名の通り、7編には「かぐや姫」や「桃太郎」といった昔話がそれぞれ割り当てられている。(以下参照) 「ラブレス」……かぐや姫 「ロケットの思い出」……花咲か爺 「ディスタンス」……天女の羽衣 「入江は緑」……浦島太郎 「たどりつくまで」……鉢かづき 「花」……猿婿入り 「懐かしき川べりの町の物語せよ」……桃太郎 これら7つの話を読み終えて、まず思ったのはよくできてるなあ、ということ。

          【甲】むかしのはなし/三浦しをん