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承認欲求と自己肯定感のループから抜け出す方法は子どもと向き合うこと

究極の愛ってなんだと思いますか。
我が子に対する親の愛? 相手のためなら死さえも受け入れる自己犠牲の愛? マザー・テレサのような慈悲深い愛? 長年連れ添った夫婦の愛?
様々な愛のかたちがありますが、私は子どもが親を想う愛が究極なのではないかと感じます。

だってね、子どもって、小さい頃はどんな親であっても自分の親が大好きでしょう。私だってそうでした。お母さんもお父さんも大好きだった。太ってても、不細工でも、貧乏でも、頭が悪くても、怒ってばかりでも、子どもにとっては、親というだけですべての欠点が許されるんです。ありのままの姿を無条件に愛してくれる。絶対的な信頼を置いてくれる。

陳腐ですけど、映画やドラマでよくありますよね。「世界中が敵になっても私だけはあなたの味方だ」みたいなセリフ。それって、子どもが親に対して思う気持ちに近い。子どもって、なんだかんだママ(パパ)の味方じゃないですか。小さくても守ってくれる。大好きって気持ちを全身で表してくれる。いつもそばにいてくれる。本当に尊い存在だなと思います。

子どもが向けてくれるまっすぐな愛情を、親がないがしろにし続けていたらどうなるか。答えは明白です。親から愛されないのは自分が悪い子だからだと自責し、孤独を感じ、自分に価値を見出せない。大人になっても生きづらさを抱えていきます。

他の誰よりも、親に愛されることってすごくすごく大事なことだと思うんです。
大半の人は、この世に生まれて初めて出会うのが親だと思います。そして、一番長く時間を共にするのが親であることが多いのではないでしょうか。
長い間、親から認められる経験をしていないと、私のように承認欲求がどんどん歪んでいきます。

誰かに認めてほしい。自分が価値のある人間だと思いたい
満たされない承認欲求を、親ではなく、他人に求めるようになります。
同級生や先生、友達の親、恋人。
優等生を演じて、リーダーシップを取って、礼儀正しく謙虚で、人に尽くす。表向きには信頼される人として、学生時代を生きてきました。家に帰れば、私はまるで違う人間のように息をひそめ、母の機嫌を損ねないようにびくびくして生活していました。

家と学校での立ち振る舞いが違うことを一番知っていたのは、年子の弟でした。弟は、明らかに私を軽蔑していました。母に「姉ちゃんは学校で目立ってる」と告げ口のように言っていました。母には「あれ(私)は、目立ちたがり屋の父に似たからしょうがない」と揶揄されていました。
私は、自分とは違って母から可愛がられる弟が、憎くて仕方なかった。私だって弟と同じように愛されていれば、他に価値を求めなかったかもしれない。私も、男に生まれればよかったのか、第2子で生まれればよかったのか、弟と私の何が違って、どこを母が気に食わないのか、悔しさとともに考えていました。そして、高学年になる頃には、開き直ったのです。どうせ、私は弟のようには愛されない。だから、もう親の愛なんか求めない、と。

歪んだ承認欲求で思い返すのは、小学校6年生の時。
卒業アルバムにクラスの思い出を載せる欄があったんですね。
私は学級委員で、文集係も兼任していました。
「〇〇な人ランキング」をやろうとなり、クラス全員に紙でアンケートを取りました。
頭がいい人、人気な人、モテる人、やさしい人――何項目かあって、田舎で人数の少ない小学校でしたから、万年優等生で目立ってきた私としては、どの項目も上位に入るだろうと期待していたんです。

でも、アンケートを集計してみると、どの項目でも1位を獲得できていなかった。よくて3位くらい。自分が思っているよりも、クラスメイトの評価が低かったのです。他人の評価=自分の評価と思っていたので、軽く絶望しました。

そこで、集計担当だった私は、アンケート結果の票を操作したのです。いくつかの項目で、本当は3位だったのを2位にしたり、ランキング外をランキングに入れたりしました。完全に歪んでますね。
サクラを使ってフォロワー数を獲得したり、自らアカウントをいくつも作って自分の発信にいいねを押すインフルエンサーみたいです。
たかが卒業アルバムの数ページなのに。
一生残るものなのに、小学校の卒業アルバムは私にとっては封印したい黒歴史になってしまいました。

とにかく認められたい。誰でもいいから多くの人に。
社会人になってからは、自分が差し出せる限りの時間と労力を酷使し、毎日深夜まで残業。企業戦士さながらの長時間労働をしていました。休日出勤は当たり前。丸2日寝ないとか、2か月のあいだ1日も休まず働くなんてこともありました。とにかく頑張ることが大事。身を削って頑張れば、多くの人が認めてくれるのを知っていたから。まだそういう時代でした。

でも、どんなに他人から認められても、なぜか一向に満たされない
無理をしすぎると体がうまく働かなくなって、眠れなくなり精神的に病むことを何度か繰り返していました。

こうして、承認欲求をこじらせ続けたまま出産。夫や自分の子どもに、自分を認めさせようと必死でもがいていました。そしてやはり失敗したのです。夫は私から離れていき、子どもは昔の私のように、顔色を窺うような子になってしまいました。

昔は「承認欲求」なんて言葉はなかったですよね。いや、あったのかもしれないけれど、ここまでメジャーではなかったはず。

「承認欲求」とか「自己○○感」とか、子どもを産んでからよく目にするようになった言葉です。

■承認欲求:他者から価値ある存在として認められたい欲求
 「認められたい!褒められたい!」
■自己肯定感:欠点も含めたありのままの自分を肯定する感覚
 「どんな私もステキ!」
■自己効力感:自分の可能性を認知していること
 「私ならできる!」
■自己有用感:自分の存在や行動が他の人々に貢献していると認識すること
 「私、人の役に立ってる!」

子どもの自己○○感を育てましょう、ってネットでも育児本でも言われていて、聞かない日はないくらいです。だからつい過剰に意識してしまう。私みたいな人間は、自己肯定感と承認欲求の負のループにはまっていくのです。

自己肯定感が低い⇒承認欲求を満たす必要がある⇒承認欲求が満たされない⇒自己肯定感が低くなる

自己肯定感が高ければ、そこまで承認欲求を満たす必要がないのでしょう。自分で自分を認められてさえいれば、他人から認められることに依存しなくても、問題なく生きていけるはずです。

私は、他人からどれだけ認められても承認欲求が満たされなかった。
それは、親から認めてもらえなかった根源的な愛情や承認の欠如が、自分にはたいした存在価値がないと思う原因になったのだと思います。

でも、悪いのは私じゃない。愛されなかった原因が私にあったわけじゃない。これは、私の問題ではなくて親の問題だと、最近になってやっと気づいたのです。

欠点も含めたありのままの自分を認めることはすごく難しい。
でも、今の私には娘がいる。
欠点だらけのありのままの私に、手放しで愛情を向けてくれる唯一無二の存在がいる。
自分の親にしてもらえなかった存在の肯定を、子どもがしてくれているような感覚です。
だから、少しずつ私は私を認めてあげようと思います。
そして、同じように子どもにも返してあげたい。どんなあなたでも大好きだと。
私のように承認欲求をこじらせない大人になってほしい。

以前noteに書いた記事「毒親の私に告ぐ」を、印刷してキッチンの戸棚に貼っています。
毎日、毎日、自分の懺悔を見返して、自分に言い聞かせています。

私は、毒親にはならない。
毒親の連鎖は受け継がない。


感情がコントロールできないときもまだありますが、キッチンに貼った記事は大きな抑止力になっています。


こうして書くことが、承認欲求を満たすための手段にならないように。
いいねの数やコメントがつくことを意識しないわけではないですが、それが目的ではないことを忘れないように。
私の書く目的は、毒親育ちからの解放。
それを忘れずに、これからも自分のために書こうと思います。






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