目立ちたくない人とキョロ充の心理
※この記事は速読の練習用として使えるように、太字部分を読めば1,2分程度で読めるように書かれています。ぜひやってみてくださいね!
リア充と言った言葉は、現在ではあまり使われていないのであろうか?とにかく暇人が学生時代は、「リア充爆発しろ」などとよく言われていたものだ。暇人はその言葉(というか、その定義)自体があまり好きではなかったのであまり使っていなかったが。
ともかくそのリア充をもじった言葉で、キョロ充と呼ばれるものがある。リア充のフリをするために、常にキョロキョロして周りを探り、リア充の中に必死に混ざろうと行動している、というような人たちのことだ。他人の視線を異常なまでに気にする特徴がある。
最近ではTikTokやSNSなど、‟目立ちがり”の心理からくる炎上などが目立つように思う。そしてキョロ充はその目立ちたがりの反対、‟目立ちたくない人”なのではないかと考え、‟目立ちたくない人の心理”からキョロ充についてを見てみようと思う。また、目立ちたがりの方も後日記事にする。
目立ちたくない人
‟目立ちたくない人”の特性に、依存性パーソナリティ障害といったものがある。パーソナリティ障害のひとつなのだが、特徴としては他の人に角に頼り、常に他社に従い、依存する、といったことがある。
そしてその根本には「自分に自信がない」といったことがある。彼らは周囲から責任を伴う言動を期待されることを恐れている。なぜなら、それを全うする能力が自分にはないと思っているからだ。もし押し付けられてしまえばそれを晒すことになり、周囲から失望や非難をされてしまうと考えているのだ。またこれに対し、心理学者のセオドア・ミロンは「自分ができることまでできないかのように装うのは少々病的だ」と言っている。
そしていわゆるキョロ充は、カメレオン的な思考を持っている。グループに気楽に安心して所属するために、そのグループ内で自分は他の人と同じように見えるように、特に目立つことがないようにしていればいいと考えているのだ。
しかし、こうした「目立つまい」とした心理状況には問題がある。「目立つまいとすること」は、ポジティブに言えば謙遜、控えめなどと肯定できるかもしれないが、裏を返せばさらなる自信喪失、抑うつにつながりかねない、といった病理性を持っているからだ。
歴史的な日本社会の性格
かつて日本社会の性格を規定していた要因のひとつに自虐性がある。これも目立ちたくない人の心理のひとつだと言えよう。
昔から苦痛を耐え忍ぶことには価値があるという自虐性性格者特有の価値観は、日本社会に広く共有されていた。サブカルチャーにはその時代の性格があらわれるというが、かつて人気を博していたスポ根漫画などがその象徴だと言えるだろう。
また、自虐性には自分を輝かせることを善としないことがある。そういった人は派手だったり高級な格好は好まず、敢えてみすぼらしいような格好をしてみせる。みすぼらしい格好をすることは「私は自分を喜ばせようとする罪悪を犯していない」という無罪の証を主張するためだ。そして、それは自分を際立たせる価値のない人間だとしている自己認識を示している。
こうして自分を喜ばせること、輝かせることをタブーとしてきた。
共通点と相違点
・キョロ充はとにかく周りの視線を気にしてリア充についていこうとする。
・目立ちたがらない人は自分に自信がなく、カメレオン的な思考を持っていて、自虐的である。
こうした‟目立ちたくない人の心理”を見ていくと、やはりキョロ充と呼ばれる人に通ずる部分が多くあるように思える。ただ、見方にもよるが、自虐的といった部分はキョロ充には当てはまらないようにも思う。疑似的にでも‟充実”させているように見せようとしているからだ。
これは現代の社会の性格の変化なのか、もしくはキョロ充と言われる特性のひとつになるのか、今後考えていきたいと思う。
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参考文献
「とにかく目立ちたがる人たち」(2006) 著 矢幡洋