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悲しいマゴチリ

昔は人気ものだったけど、今はそうでもない。芸能界だけの話ではありません。魚界でも食卓のトレンドは日々移り変わっています。

釣れすぎたマゴチの話です。

初めてマゴチを食べた日

ひと昔前、砂浜での釣りといえばキスの投げ釣り一択でした。ところがこの数年、ルアーでマゴチやヒラメを狙う釣り人が激増し、いまや夏~秋の砂浜にはターミネーターのように武装したルアーマンがずらりと並んでマゴチ釣りを楽しんでいます。

竿やリール、ルアー等の進化により、マゴチやヒラメといった砂浜にべた〜としている通称フラットフィッシュと呼ばれる魚たちが釣れるようになったからです。

マゴチ釣りを始めた頃。時にはまだ小さかった息子を連れて砂浜を歩き回った

自分も数年前から近所の砂浜でルアーを投げ始めましたが、なかなか釣れない日々が続き、最初にマゴチが釣れた時はめちゃくちゃ興奮しました。

そんなだから、初めてマゴチを釣り帰った時には、山育ちの奥さんも珍しい魚に興味津々、煮ても刺身にしても「美味しい~~!」と少女のように喜び、自分も「それはよかったよかった。また釣ってくるでよ」と満足し、まさにマゴチは黄金時代を迎えたのです。

マゴチの独白
ええ、当時は奥様も坊ちゃんも、私たちをとてもかわいがってくれました。クーラーボックスに入りきらない私たちの立派な頭や胴体を見て、すごいすごい!と拍手をしてくれたものです。ご主人が「お店で食べたら高級魚なんだぞ」と、ご自分のことのように得意顔で紹介してくれるのも、恥ずかしいやら嬉しいやら。とにかく、普段は砂の中に潜んで注目を浴びることがない私たちですから、とても誇らしい気持ちだったのを覚えています。ところが・・・。

ところが、マゴチの黄金時代は、急速に終息へと向かうのでした。

飽きられたマゴチ

毎年のようにマゴチを釣るうちに、だんだんと家族の間に「飽き」が漂い始めました。

もともとルックスが良い魚ではありません。骨のつき方も独特でさばくのもひと苦労。デカイ頭はあらとして冷凍庫を占拠して結構邪魔です。

息子は最初の頃「皮が美味しい魚」といってマゴチ大好き君だったのですが、さばくのが面倒で麺つゆで丸ごと煮付けにばかりしていたら、急激に飽きて食べなくなりました。

これはいかん!ということで、下記のようにあらゆるレシピでマゴチを料理したこともあったのですが・・・

マゴチには致命的な弱点がありました。どれだけ丁寧に処理したつもりでも、なぜか時折「ジャリッ」と砂をかんでしまうことがあるのです。砂に隠れてる魚だから仕方ないか。

とまれ、奥さんはこれが決定打となり、マゴチにカンペキ苦手意識を抱いてしまったのです。

それでも釣ってしまうマゴチ

9月に入っても快調に釣れるマゴチ。イシガレイも時々釣れる

それでも、家から15分で砂浜なもんだから、ついついマゴチを釣りに行ってしまいます。飽きられたとはいえ「夏のフグ」とも呼ばれるほどの美味魚。今一度その人気を盛り返せないかと、指の先を舐めて頭にちょんとつけ、座禅を組んでしばし考えると「ちーん」という音とともにひらめきました。

夏のフグらしく、フグチリならぬマゴチリをこしらえよう。その出汁はマゴチのあら出汁にしよう。そしてその新しい食味で家族を「あっ!」と言わせよう、おおそうしよう!・・・ということで、いざ。

フグチリのようなマゴチリ

白菜・水菜・ネギに、皮を引いたマゴチと、皮つきのマゴチ2種の切り身をどどんと皿に盛ります。フグチリ顔負けの豪華さ。今回「砂ジャリ」事件を防ぐために刺身でも食べられるぐらい美しくさばいて切り身にしました。砂が入り込む余地はありません。

マゴチのあらでとった出汁に、しょう油・酒をまじない程度に垂らし、具材を放り込んで煮れば完成です。左上に見えますのは、息子くんが食べない時の保険として入れた鶏団子です。こんなものに頼らなければならない状態こそ、今の我が家でのマゴチ人気の低さを物語っています。

しかも、「砂ジャリ」がないように、マゴチの身をできるだけ小さく切ったものだから、なんだか縮んで存在感が薄いです。しかしまあ、マゴチ出汁で煮たマゴチの身、こんなのはウマイに決まっている。さあ、食せよ家族。マゴチを見直せ。

奥さんが一口マゴチを食べます。骨だかウロコだか知らないけど、なにか口内に異変を感じたらしく、口をもじょもじょさせて異物を取り出そうとしています。チッ!皮つき身のほうに少しウロコでもついていたか・・・。では息子は?と皿を見ると、置いてやったマゴチには一切箸をつけず、鶏団子ばっかりを皿に山盛りにしている。

「俺だってマゴチより鶏団子食べたいのに!」

ーー気づけば自分は頭の中でそう叫んでいました。誰よりも自分自身がマゴチに飽きていたのを突き付けられた瞬間でした。

マゴチの皮でやけ酒

炎天下のなか、数時間かけてマゴチを釣ったこと、さばきにくいマゴチを時間をかけて丁寧に処理したこと、今夜こそ「マゴチってやっぱ美味しいね!」と家族の喜ぶ顔が見たかったこと。そんなことが走馬灯のように頭を駆け巡りました。

でもそれも一瞬のこと。それから後はもうなんだか我が家でのマゴチの限界を見た気がして「今後は人に振る舞うのではなく、ひとりで細々とマゴチを楽しもう」と拗ねモードに突入。剥いだマゴチの皮をアテに焼酎をがぶ飲みすることにしました。通称やけ酒です。

作りますのは皮の湯引きです。マゴチの皮をさっと湯通しして、氷水でしめましたら・・・

キッチンペーパーでしっかりと水気をとり、センマイのように千切りにします。身が皮に少し残っているぐらいが好きです。

あさつきを散らし、もみじおろしをのせて、ポン酢をかければ出来上がり。マゴチの皮の湯引きポン酢です。

念入りにウロコをとり、下処理に下処理をかさね皮、その皮にわずかについている身、皮と身の間にあるコラーゲン。それらが三位一体になって、酒のアテとしてこれほど美味いものはありません。

マゴチの良さは俺が知っている。俺だけが知っていればいい。来年もまた会おうなマゴチ。今年も楽しませてくれてありがとう。そんな風に一人酒をあおっている俺の口内で「ジャリっ」としたいや~な食感。砂を噛んだ。

マゴチ、しばらくおまいは見たくない。


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