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宝石箱

わたしのことばが
あなたを夜へ送り込んだ日。
そのまま闇に包まれて、
あなたの姿は見えなくなってしまった。

心は、
太陽に齧られた月のように欠けた。
食い千切られた歯型の痕が、
身体の中にうっすらと浮かび上がる。

いびつな三日月の影は、
泪のように滲みながら
身体の中をじわじわと広がり
皮膚から溢れて
わたしから抜け落ちていった。

「宝石箱を落としたの」
背後から女の子の声、
振り向くと、
ことばだけ置いて消えてしまった。

溢れでた影が
霧のように目の前に立ち上がって、
両手を差し出すように
渡す
幾何学模様の小箱

模様には、
たくさんの輝く石が埋め込まれていて、
ふたを開けると、
中央に
真珠のような白い小さな石たちで縁取られた
三日月があった。

胸に浮かぶギザギザの月と引き合うように、
目の前に現れた月の小箱。

影の塊は、
春の夜風のように淡く、柔らかく、朧げで
まるで微かに笑っているように見えた。
その微笑みは、
いつかのあなたのようだった。

わたしは
この箱の持ち主かもしれない女の子に気付かれないように、

宝石箱をそっと胸の奥底へ、
深い深い、
誰にも悟られない奥底へ沈ませた。

そして
微笑んだいつかのあなたの顔も
一緒に仕舞い込んだ。

まぶたを閉じ、
わたしはわたしの闇を作って、
胸を抱えながら。


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