小腸がんと私 16
外科医は毎朝ぞろぞろと
白い巨塔バージョン(チーム)で
朝の7時過ぎにベッドへやって来てました
毎晩眠れていなかった私は
夜明けごろにやっとウトウトしかけるのですが
白い巨塔に毎朝寝込みを襲われていました
朝の7時に身だしなみを整えて
病院に居る外科医
同じ先生が夕方回診に来たりするので
家に帰っているのかな
何時間寝ているのかな、と
頭の隅でいつも思っていました
色々と説明を受けるため
寝ているわけにはいかず
飛び起きて胸元を整え
(病衣は紐なので乱れている)
メガネを探してかけて
寝ぼけ眼で話を聞いていました
外科医はずっとこう言っていました
・バイパス手術をしたからと言って
必ず食べられるようになるとは限らない
・バイパス手術は失敗することもあり得る
・胃と腸を繋いだ後、食べたものによっては腸が破れてしまうこともある
・何度も言うけれど小腸にある腫瘍は絶対に取れない、お腹を開けても、腫瘍を取る手術ではないからあしからず
小腸にある腫瘍は
一般的に背中にくっついている可能性が高いため
絶対の絶対の絶対に取ることは出来ないと
ずっと始めから言われていました
実家の両親が私に言わずに
どうか腫瘍をとる手術をしてくださいと
頼みにいったらしく
それでも出来ないものはできないと言われ
私も何度か聞いたのですが
取りに行こうとするとリスクが高過ぎて
命と引き換えになるかもしれない
とも聞いていました
命をかけて腫瘍を取るのも
別にいいんじゃない、と正直思いました
どうせ、何もしなくても命かかってるんでしょ
でも外科医がしないと言うのだから
もう仕方ない
腫瘍が取れなくても
バイパス手術で胃と腸が繋がれば
「今よりは」食べられるようになる
そのかすかな望みだけにかけた
手術になっていました
手術の日は朝からとても緊張していて
気分が悪くなり
何度も嘔吐が続きました
もう2週間以上
何も食べていないどころか
水さえ飲んでいないのに
吐き続ける
心の底から
私は具合が悪いのだと
感じてさらに泣き、さらに吐き
ついに悪夢の「胃管」にまた繋がれ
ベッドで泣き伏せっていました
もういやだ、ここから出して
もう死んでもいいからここから出してよ
泣いて泣いて泣いて
泣いて泣いて泣いて泣いて
仕事をしているはずの夫も仕事にならず
ずっとLINE電話で私を励まし続けてくれました
13時半の予定の手術なのに
どんどん遅れ
14時になり15時になり16時になり
17時にやっと呼ばれて手術室へ
全然見ないけれど
ドラマのセットのような手術室
冷たい階段を素足で登り
冷たく固い台に横になります
身体に色々と管がつき
どんどんと動けなくなっていきました
急に身体がガタガタと震えて来て
冷たくて寒くて寒くて
涙がどんどん流れていきました
流れていた涙が温かくて、
身体がとても冷えていることを感じました
怖い、怖い、嫌だ、こんなの嫌だ
治るわけじゃないのにこんなこと
嫌だ、怖い、怖い
どうしてこんな目にあうの
枕元で女性の看護師さんが手を握り
「大きく息を吸って、吐いて」と言って
2回目に息を吸うところまで記憶があり
次の瞬間、お腹の痛みで目が覚めました
ストレッチャーのようなもので
運ばれてエレベーターに乗るところでした
私はとにかくお腹が痛くて
ずっと大声で「痛い!痛い!お腹が痛い」と
泣き叫んでいました
あまりにもギャーギャー泣き叫ぶので
さっきとは違う看護師さんが
少しイラついた感じで
「今、痛み止め入れますからね」と
クールに言ったのですが
「なにそれ!まだ入れてないの!早くして!」
とキレ返したことをハッキリ覚えています
痛みの中で
どうして麻酔が切れてから痛み止め?と
かなりガチギレしていた私でした
その後も「痛い!痛い」と言うたびに
「はいはい、今痛くなくなるからねぇ」と
仕方なくあしらわれているような返事に
満足できなかった私は
看護師さんが視野に入るたびに
「痛いです」「痛い」「痛いの」と
いろんな言い方でずっと言い続けていました
どうにかして、この痛いのどうにかして
お願い、どうにかして…と
とにかく訴え続けていました
その後、
手術後の患者が集まるエリアに運ばれましたが
痛みがひど過ぎて、
痛い、痛いようと泣いたままでした
だんだん痛みで声が出なくなり
涙でびしょびしょの顔周りを拭くこともできず
小さな声で痛い…痛い…と
言い続けていました
今度は優しい男性の看護師さんが
とても丁寧に枕元で声をかけてくださり
「もうすぐ痛みがゼロになりますよ、大丈夫、ゼロを目指してますからもう少し効くまで我慢してください。ほら、あの時計の針が21時半になる頃には、痛みが消えていきますよ」
と、近くにある大きな時計を指差して言いました
時計の針は20時50分頃でした
ベッドがひとつだけのゾーンなのに
大きな時計が付いていました
みんな、痛みで不安になるため
こうして時計を指差しながら
痛み止めが効く時間を伝えて
安心させているのだろうな
スゴイ、よく考えられてる
と感じたのも覚えています
その後、私を執刀した外科医がきて
こう言いました
「伊藤さん、小腸の腫瘍、取れたよ」
私は痛過ぎて、夢かと思いました
何が取れたって?何が取れたの?
聞き返したかったのですが
痛みが強過ぎてそれどころでなく
小腸の腫瘍が取れたのですか?と
聞いたつもりで、口は勝手に
「先生、痛い」と言っていました
あれ、私こう言いたいんじゃなくて
何が取れたか聞きたいのに何言ってるの
と思った瞬間、先生は
「モルヒネ追加して」と言って
去ってしまいました
その後外科医は夫に電話を入れて
腫瘍が取れたことを報告してくれたようでした
痛みはモルヒネを追加された後
少しずつ遠のいていきました
夜の間は、痛みの中ぼんやりと冷静に
今の状況を感じて考えていました
何が起きたんだろう…
これからどうなるんだろう
腫瘍が取れたのなら
バイパス手術をしていないのかな
?どうなったのかな?
自分が居る場所がどんな感じなのか
動けないし暗くてよく見えないのですが
周りでずっとうめいている人も多く
この部屋、私だけじゃないのかなと
その時初めて感じました
朝になり辺りが明るくなったら
えっこんなところで私叫んでいたの
と恥ずかしくなるくらい
広い部屋にベットがずらりと並んでいました
隣の人がすぐ近くにいて
昨夜は騒いでごめんなさい、と
急に恥ずかしくなり、心の中で謝りました