ゆびさきから、こぼれる魔法
まるで魔法使いに出会ったみたい、と思った日のこと。
その日、急いで買い物をして帰らなくちゃ、と私は思っていた。
必要なものだけを慌てて選んで、会計の列に並ぶ。
「こちらへどうぞ」
声をかけられて、レジカウンターに進んだとき、目の前にその人はいた。
その店員さんは、キラキラしたマニキュアをつけていた。
ほんのりピンク色に塗られた爪の、先のほうだけ上品な色のラメで彩られたフレンチネイル。
ハキハキと明るい声の店員さんで、まるでお日さまみたいな、素敵な笑顔のひと。
彼女のレジを操作する動きや、商品を扱う手の動きが、すごく丁寧で美しくて。
キラリ、キラリ、と光が揺れるように輝く爪先に、すーっと視線が吸い寄せられて、思わず見とれてしまった。
「ありがとうございました!」
はっきりとした明るさと、やわらかな優しさを持つ声でそう言われ、袋に入れた商品を受けとるまで、ほんの数秒。
でも、なんだか、すごく嬉しい気持ちになれた。
その日はとても不思議な日で。
次に買い物をしたお店でも、素敵な店員さんと出会えた。
その人は、おだやかで優しい、笑顔と声の人だった。
おっとりとした雰囲気なのに、淀みない動作はとってもスムーズで。
少し大型の商品を買ったので、「袋からはみ出してしまうかな、持って帰りづらいかな……」と思っていたら、その店員さんは、後ろの棚から紐を取り出して、するするとあっという間に持ち手をつくって渡してくれた。
見ていて気持ちがいいくらい、鮮やかでスムーズな動作。
その手の動きや、やわらかな弧を描くような指先の動きが、やさしくて、とても綺麗で。
私はやっぱり、見とれてしまう。
そうやって買い物を済ませて帰ろうとしたとき、「急がなきゃ、早くしなきゃ」と焦っていた気持ちがいつのまにか落ち着いていて、とてもおだやかになっていることに気づいた。
まるで胸のなかに、小さな明かりが灯っているみたいで。
それは、ほんのささいなことかもしれないけれど。
私自身が、大切にされたみたいで嬉しくて。
丁寧で美しい動きをできる人は、人をこんなふうに嬉しい気持ちにできるものなんだと思って。
私は、なんだかスキップしたいような気持ちになりながら歩いていた。
帰り道、バスに揺られながら、最初のお店で出会った店員さんのネイルを思い出す。
キラキラ、とこぼれるひかり。
綺麗な所作が生み出すやさしさが、その爪先から魔法みたいにこぼれ出て。
こぼれた輝きは、嬉しさという気持ちになって、私の胸にそっと宿る。
私の胸のなかでそれは、キラキラとまだ、煌めいていた。
美しいこと。
丁寧であること。
それは、受け取る人のこころを、やわらかく、やさしくしてくれる、魔法なのかもしれない。
いつか、私も、そんな魔法を使えるひとになりたい。
少しずつでも。
1歩ずつでも。
近づいてゆきたいと、思ってる。