
生きづらさを愛と光へ!NO.59 ミポリンがこの世からいなくなったことは、今年1ショックな出来事かもしれない。
ここのところ時間が取れない、なんて勝手な理由で、つぶやきを使わせていただいているが、今日は何となく、ちゃんと書いておこうと思った。
ただ、それだけの理由でもある。
昨日、中山美穂さん(ミポリン)の訃報を携帯で見て、え?嘘〜?
嘘でしょう?
何で?
と思ったのだった。
夢?何かの間違い?とまだ今でも信じられない気持ちが強い。
実際のところ死因は、世の中の人にははっきりわからないこともある。
今年1と言ったが、2月に隣の人が急に亡くなった時のショックも今年1だと思う。
その時も突然だったから、しばらくはまだこの世にいるような気がしてたまらなかった。
その時私は、かなりなショックだったというのは、昨年、神社の役員をしていて、色んなことを教えてもらってたから、あんなに元気だったのに、何でそんなところで?とやっぱり、誤ってということだったが、いくら警察が来て調べたところで、それが100%ではない。
只々悲しかった。
しかし、その亡くなった方の娘さんに、お父さんには良くしてもらったと、少し話をしたが、あまり、そういう話を聞き入れなかった。
本当は、私としてはもっと思い出話をしたかった、しかし、家の人が悲しんでないわけではないが、そんな話をしてないのに、他人の私がするわけにはいかず、結局は、受け入れるしかなかった。
そのうち、受け入れた自分だった。
他人が良いと思っていても、家の人しか知らないこともあるから、その辺の違いもあるだろう。
今日はたまたま、いや、結構な割合で新聞のお悔やみ欄を見る夫。
仕事柄見ていたほうが良いからだ。
すると今日は、え!間違いない!夫の一声。
夫の父の従姉妹のご主人が亡くなった。
本家ではあるが、日頃は付き合いがない為、連絡も来なかったが、夫の父が亡くなった時、来てくださってるので、この状況、夫は仕事だし、もう告別式が、今日だった。
お通夜も終わっていたので、私1人告別式に行った。
いくら十数年前に、うちの法事の時まで来てくれてたにしても、これだけ年月が流れてると、あちら側が覚えてるとは限らない。
日頃の行き来はないが、香典をいただいていたりすると、行ける環境なら、行くべきという理由。
よほどの予定があればおそらく行かなかったが。
お顔も亡くなられたかたは、ほぼわからない。
だから、涙も出ないと思っていたが、まさかの司会の方が、めちゃくちゃ感動する話方だった。
話方がうますぎる。
感動して一筋の涙が流れた。
私たちも〇〇家一族だけれど、亡くなられたかたもその家族も同じ、しかし生きてきた過程は別々にも関わらず、〇〇家一族。
それぞれが、それぞれの人生を、生きていると感じ、何か特別な感覚に陥った。
そして、司会のナレーションが凄すぎたために、自分の家族のことと、重ねて考えてしまい、おまけにミポリンのことも一緒に考えてしまった。
亡くなられた方も、お父さんとして、夫として、一生懸命に人生を全うされたんだなぁと、話を聞いていて、また、人は一人一人、自分の与えられた人生を与えられた人生の中で精一杯生きていくんだなってことも感じた。
正直、中山美穂さんの歌を何度聴いて、カラオケでも歌ったかわからない。
自分と同世代で良くテレビでも見ていただけに、ショックも大きかった。
あえて言わせていただくなら、私がもう少し自分の人生をこの時代に生きている間は、もう少し生きていてほしかった。
その間、テレビでまた歌番組やトーク番組で元気で美しくてチャーミングなミポリンをもう少し見ていたかった。
そう思わずにはいられない。
最後にちゃんと見たミポリンは、何かのトーク番組で、ぼる塾の田辺さんと、お友達になりたいと話していた。
とても印象に残っている。
中山美穂さん(ミポリン)、今まで、本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。