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「ちゃんと聴く」を可能にする「Tune in」

有志でAppreciative Inquiry(組織開発の正解ではAIと呼ばれていますので、以下AIと略します)に関する洋書の読み合わせをしています。
以前書いたnoteでは「Conversation Worth Having(ベタには訳すと「行うに値する会話」)」の本の紹介とその中で書かれていた5つの考え方について紹介しました。

その本を読み終えてから、理論ではなく具体的な実践について書かれた本も読んでみようと言うことで、今は以下の本の半分ぐらいまで読み進めています。

PositiveではなくAppreciativeな会話を、セラピスト、クリニシャン、コーチ、ケース・ワーカーの現場でどのように活用してゆくかという本なのですが、AIが組織の中での会話の質を変えることで人と人の関係性を変えてゆくように、主に一対一の対話の中でそれを行なってゆくための指南書のようになっています。

ちなみに、AppreciativeとPositiveの考え方の違いは以下のnoteを読んでいただけると伝わるかなと思います。

さて、この本の話に戻します。
この本での目玉になっているのがTune-inという言葉です。
マインドフルネスに少し似ている考え方ではありますが、目的はより深い対話によって自分自身と相手をより良い状況に持ってゆくことにあり、対話を始める前にこれを行うことで自己と向き合いつつ前向きな会話を生成してゆくことができる、と言うものです。

カウンセラーやセラピストにとっては、無意識に行なっていることかもしれませんが、本の中ではあらためて整理がなされているので、カウンセリングやセラピーをしない人でも役に立つものではないかと私は思います。

簡単にご紹介してゆきましょう。

私は今、どの状況にいるのか?

最初にTune-inの背景にある考え方の話をしたいと思います。
そもそも会話とはどんなものかを二軸のマトリクスで会話を分類してみます。
横軸が、発言中心か質問中心か。
縦軸が、Appreciative(価値を増やす)かDepreciative(価値を減らす)か。

The Nature of Our Conversation(本文第一章、図1.1を翻訳)

各象限にどんな会話になるのかの名前をついています。
問題解決型の会話で起こる、原因を探して潰してゆくような会話において、発言中心で犯人探しのようなことを始めると「破壊的な会話(言い合い)」になるでしょうし、そこで質問中心で行くと、そのつもりはなくても「批判的な会話」となりやすいのではないでしょうか。

問題に焦点を当ててゆくのではなく、自分たちがどうなりたいのか、何を大切にしているのかに焦点を当てて、それをさらに発展させるにはどうした良いのかを会話してゆくのがAppreciativeな会話です。

この4章限の上と下では会話の性質に大きな差があります。
本の中では、ラインの上と下と表現されていました。AppreciativeとDepreciativeのラインの上下でどんな違いがあるのかについて、以下のYouTubeのアニメーションがわかりやすいです。(英語ですので、英語がわからない方は字幕を出してご覧くださいね)

ラインの下にいると、人は閉鎖的で、防御的で、正しいことをしようとします。常に何かが足りないと考えていて、「正しい」ことが大切であるため、承認、制御、安全を求めます。
物事をシリアスに考え、犯人探しをし、自己正当化を試みる…それは、「自分が正しいという勝負」に勝つためであり、そのために対立を起こしたり、避けたりします。

ラインの上にいると、開放的で、好奇心があり、学ぶことにコミットできます。
ラインの上の考え方では、成長することに価値があり、周りは自分の味方であり(戦う必要はない)、客観的に見れば全ては面白いこと(感謝したいようなこと)に満ちていると考えています。
だから好奇心を持って相手の話をよく聞き、議論を生まない話し方をします。
自身の中にあるものを含めた思い込みも、そうではないかもと考えてみることで、可能性を拓いて人生を楽しむことができます。

ビデオの中では、人はラインの下のいるのがデフォルトであるとしています。
面白いなと思うのは、私たちの生存本能が引き金になっていて、脅威を認識すると脳内にコルチゾールが分泌され、ラインの下になるようにプログラムされているところです。物理的な脅威とアイデンティティの危機を脳は識別できないので、意見を言われると防御的になり、サバイバルモードが起動してしまう…
だからこそ、どのようにして意識的にそこから脱するかが大事なんですね。

ラインの下から脱するためには、「今、自分はラインの上にいるのか、下にいるのか」と問い、自覚的になることが大切なのですが、それをするために有効になってくるのがTune-inというテクニックです。

Tune-inとは

Tune inという言葉から何を連想するでしょうか。
私はラジオのようなものが思い浮かびます。

ストリーミングが多い現在ではそういうラジオはほとんどないかもしれませんけれど、古いラジオは放送局の周波数に合わせるために摘みを回し、混信や雑音のないクリアに音声が聞こえるための調整を行ってから放送を聞いていました。
ラジオ番組にチューン・イン(Tune-in)するとはその一連の作業でした。

会話の前に行うTune-inもそれに近いものがあります。
今自分がどの状況にいるのかを知り、そこで聞こえてくる自分の心の中の雑音がゼロになる(小さくなる)ように丁寧に調整をしてゆく…
それはマインドフルになる、と言うことでもあります。マインドフルネスの瞑想がそうであるように、今起きていること自分の体の反応と自分の心の動きを知り、それを責めたり批判したりせずに、ただ、受け入れます。

Tune-inでは、会話を始めるための一つの流れとして組まれています。
その流れとは、Pause(間を入れる) - Breathe(呼吸する) - Get Curiosity(好奇心を持つ)です。

最初のPauseは、頭で考えるよりは体の状態に意識を向ける感覚に近いです。
ストレスを感じていたり、防御的になっている時は体のどこかが強張っていたり、前のめりになっていたりしてはいないでしょうか。
その真っ最中では気づけないので、会話の途中であったとしても一呼吸をおいてまずは自分の状態を観察します。

次のBreatheは、深呼吸ですね。
一回ではなく、2−3回。意識的に深く呼吸をします。本の中ではハートマス大学の神経科学研究が紹介されており、呼吸がネガティブなスパイラルから抜け出してポジティブなフィードバックを起こしてゆくことになることがわかっているそうです。
自分が一致していない(Incoherent)混乱して不安な状態から、本来の自分を取り戻した一致した状態(Coherent)になることを助けるのです。
呼吸には、無意識や内なる反応を意識化させ思慮深さにつなげる効果があるという研究もあります。

そしてGet Curiosityですが、先ずここは相手に対して向ける好奇心ではなく、自分に対して向ける好奇心からです。

「あれ?なんで今自分はこんなに緊張してるんだろう?」
「今、自分にある前提のようなものはなんだろう?」
「何が事実で、何は自分が作ってしまっていることだろう?」

そして次に周りに目を向けて、他者に対する好奇心の問いもしてゆきます。

「あの人があのように言う意図は何だろう?」
「今語られていることの他にも意味があるとしたら何だろう?」
「みんなが望んでいることは何だろう?」

こうして好奇心のエンジンが動き始めたら、あなたはすでにラインの上に登った状態になることができます。あとは、その状態で会話を始めることですね。
その会話は、自然と貴方からの「問い」で始まるのではないでしょうか。

Tune-inを自分に活用する

本の中では、より具体的にどのように自分にTune-inするのかのやり方が書かれていたのでご紹介します。
Andrew Huberman教授の提唱するやり方です。

・息を吸うときは、今まさしく自分は脳と心をコントロールしているとイメージする
・息を吐くときは、その良い状態が定着してゆくのだとイメージする
意識的な呼吸は、自分の内なる状況を最も根底的なところまで自分でコントロールできることを思い起こさせてくれます。
そして、 何かストレスを感じるようなことが起きても自分をコントロールできるという感覚を掴むことができたり、シンプルに今ここにあること、この瞬間に感謝の心を持つことができるようになります。

Huberman教授によるTune-inエクササイズ(翻訳)

マインドフルネスの瞑想に似ていますけれど、違うのは自分の状況をコントロールしている自分を意識する(コントロールできると思ってみる)ことで、落ち着きを得るようなところかなと思います。

Tune-inを会話の頭に差し込む

本の中では、これをカウンセリングやセラピーの前に相手と一緒に行い、相手がTune-inできるようにすることで、会話を豊かなものに持ってゆくやり方も紹介されています。
こちらもご紹介しましょう。

・心地よく落ち着ける座り方をしてください。
・目は閉じても良いですし、細めて柔らかく見る感じでも良いです。
・深呼吸をして、自分が何に注意を向けているのかを意識します。特に自分の内側に意識を向けてみましょう。
・一段深い腹式呼吸をします。
・今度は好奇心とオープンな心を持って、自分が注意を向けているものをよく意識してみましょう。
・そこにはアジェンダ(決まったもの)はありません。
・もう一回深い呼吸をします。
・貴方の内側から湧き上がってくるものは何でしょうか?
・それは、どんなエネルギーでしょうか?
・それは、どんな感情や思考を今ここに現させるでしょうか?
・その感情や思考が起きたことに気づいてみて、どうでしょうか?

“Guided Mindfulness Script for use with clients and yourself”を翻訳

会話をする前に、自分が今どんな状況であるのかをしっかりモニターして、このエクササイズが終わったらそれを共有してみる…
会話もそんな風にスタートすることができそうです。

対話の土台作りとなるTune-in

対話の場において、「チェックイン」が行われることがありますよね。
トピックについていきなり話し合うのではなく、場に入るにあたっての一言をそれぞれ一人ずつが語ってゆく…
ホテルのチェックインに準えてそのように言っていますね。

普通のチェックインでは、場に入る前に何があったのかを語る人もいれば、今どんな気持ちかを言う人もいて、目的としてはそれぞれが言葉を発することで軽いアイスブレイクになるとともに、どんな人が集まっているのかを全員が知れることかと思います。

Tune-inはチェックインに似ていますけれど、それよりも一段深い対話を可能にするのではないかと私は思います。
対話の場によっては、瞑想してからチェックインするようにしている場合もあるのですが、それに似ているかもしれない、と。

さらにTune-inが素晴らしいのは、スクリプトの中に「生成的な質問(Generative Question)」が含まれているところだと思います。

Tune-inのプロセスの中では「相手(自分)の中に問いを置く」ようなことが起きていて、始まる前にすでに好奇心と探求モードが発動しています。
同時に心が落ち着いていて、オープンに色々な意見を受け入れられる状態になっています。

つまり、自分の外ではなく、自分の内側に意識を向けてゆく対話をスタートできる…誰かや何かのせいにするのではなく、自分自身と向き合える状態から自分が本当に求めているものを自問しながら探り、相手の中で起きていることにも注意を向けることができるようになっている、と言えるのかな、と。
もっと平たく言えば、Tune-inをしっかりと行っておけば「ちゃんと聴く」ことができるようになる。それは相手の話もそうですし、自分と向き合う対話もです。

その意味で、良い対話、深い対話の土台を作っているのがTune-inとなのではないかなと思います。

Tune-inはカウンセリングやセラピーの実践者が使うテクニックですので、必ずしも全ての対話の場面で使うものではないかもしれません。
でも、相手のことをより深く知りたいと思うときや、自分の中にあるモヤモヤを対話でしっかりと話してみたいと思う時には試してみると効果があるのではないかと思います。

場に入るのではなく、自分の中に、相手の中に深く入ってゆくための事前準備としてまず自分自身にTune-inしてみる…
それは、自分自身や相手をより大切にすることかもしれないですね。

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