夏目漱石の長編小説の構造と時間
私見に過ぎないが、日本近代文学で独自の時間を作り出している作家といって、すぐ想い浮かぶのは、夏目漱石である。
漱石の小説の構造は、絶えず進みかつ戻るという流れを持っている。これは何を意味するのか? 一つには、漱石自身の逡巡を見て取ることが出来よう。彼は絶えず試行と反省を繰り返す(この点で漱石はドイツ・ロマン主義と親近性をもつといえる)。読み手はこの漱石の逡巡と物語の揺らぎを追体験する破目になる。(少なくとも日本の)多くの読者は、この揺らぎを快いもの且つ不安を煽るものとして受け取る。これは言うなれば虚構の時間を通過するということである。
強力な、広範な磁力と磁場をもつ構造と時間を創造した作家は、その小説が流行する。流行するだけでなく、同時代から敏感に影響を受け、またヴィヴィッドに影響を与える。その作家のもつ呪縛の時間的な射程は、その作品の空間的な広がりよりも、時間的な構造によって決定される。