イタロー

宇宙をひとつの冗談として https://lit.link/itaro The Dreaming SOMEONE's Experiment(DSE)参加中 https://mmm06090609.studio.site/1

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マガジン

  • 新版『ドン・キホーテ』島村・片上訳【前編】

    セルバンテスの小説『ドン・キホーテ』。 ネット上に(青空文庫にも!)、「無料」で「自由」に読めるテキストがまったくないので、島村抱月・片上伸(のぶる)訳を書き起こし、文章を読みやすく微修正しました。 おススメ:漫画や絵本、ゲームなどで知ってなんとなく読んでみたい人、雰囲気を知りたい人、古めかしい物語が好きな人、奇想天外な文学が読みたい人、などなど。 お好きな用途にご利用ください。 ※前述のとおり、細部については底本に忠実なテキストではありません。ご了承ください。 のっそり作業中です。 https://scrapbox.io/DonQ/

  • DSE MAGAZINE

    The Dreaming SOMEONE's Experiment(DSE)関連のマガジン。

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若い人へのアドバイス

これは、小学校~大学で学んでいる学生や、それくらいの年齢……10代~20代前半の人に向けた話だ。 私がそのくらいのときにやっておけばよかったな、と思い返しながら考えたことだから、成功体験ではないけれど、大切なことだ。奇を衒ったことはなにもなく、一般的な、普通の話を書いているだけだ。 なるべく簡潔に書こうと思う。 好きなことを見つけることこれがいちばん大切でいちばん難しいことだ。たぶん、人生には、「あがり(あるいは、人生ゲームのスタート)」に入れる方法が二つあって、それは、「

    • 2024/11/16深夜寝ながら考えたことのメモ

      現代人は、現在においてはまだ決して分からないことを知ろうとしているので、不安が生じている。現代は、謎と割り切れなさに満ちており、例えば{夫婦別姓}などの、問われると「どちらかといえば賛成」といった改革への志向は、これに基づいていること。不安が現状打破への渇望の原動力になっていること。不安や絶望が常識や良識の見かけで動いていること。様々な動きの、改革派にせよ慎重派にせよ、不安と絶望から政治的・文化的な願望が生まれることを踏まえて戦略とすると捗るだろう。 この不安は、いま追求して

      • 太宰治と三島由紀夫の対のクリシェ

        タイトルにあまり意味はない。それにしても、よく並べて語られる二人だ。 三島由紀夫は太宰治を毛嫌いし、批判していたから、怖い、という人がいたが、そんなに身構えることはないと思う。人間、お互い似ていても似ていなくても嫌いだったり好きだったりする。 太宰治にも、三島由紀夫にも、ネガティブな部分もあり、ポジティブな部分もある。 二人とも自殺した、という点を気にする人もいるけれど、彼らの生きたのは戦争と革命と政治と思想の季節だし、一人は心中で一人はクーデター未遂だ。それに戦国時代や江戸

        • アルンハイム(『特性のない男』第2部第86章)

          2024/11/16 『特性のない男』第2部第86章はラーテナウがモデルのキャラクターアルンハイムについて語られるが、果たしてウルリヒ(と著者ムージル自身)は彼をどこまで批判し否定し、どこまでシンパシーを持っていたのだろう。改めて読み返すと、彼と彼らの考え方や行動には相違しそうな点と共通しそうな点が両方含まれているように取れる。ムージルは若き日のアルンハイムの感覚を説明するために自分の過去作の引用まで行っている。ムージルはたとえば日本で影響を受けた大江健三郎ほどには自己言及

        • 固定された記事

        若い人へのアドバイス

        マガジン

        • 新版『ドン・キホーテ』島村・片上訳【前編】
          10本
        • DSE MAGAZINE
          4本

        記事

          泉鏡花『山海評判記』を読んだ!

          あさはかながら、読み終えて、スゲーーッ!というのがついつい浮かんだ感慨です。 泉鏡花の『山海評判記』は、オシラ神(オシラサマ)伝説を基調に、様々な怪異が次々と繰り出され、神韻縹緲たる結末へ導く比類なき伝奇小説です。 自動車を走らせ魔境をゆく魅力的なキャラクターたちもそうですが、この小説の陰の主人公は折々にこれでもかと描かれる自然そのものではないかと思いました。この作品に刻されている、獣、魚、鳥、虫、花、樹、海、山に関する感覚は、よく切れる剃刀のように研ぎ澄まされた、繊細で鋭い

          泉鏡花『山海評判記』を読んだ!

          底が知れるように小説を書く

          ひとつ、 いやしくも、大衆に読んでもらう小説に、[底知れない]ことを重々しく書いてしまうととても読まれない。作者の[内側から得体の知れないものがでてくる]としても、うすめ、おさえ、[パッケージ]して商品にしなければならない。という考え方。 また、 小説というものが[時間]や[構造]を巡る芸術だとすれば、その直方体や立方体を矯めつ眇めつ、四方八方から検分できるように拵えなくてはならない。[根底]が見えない、何だかものすごいことはわかるが。というのでは、直視するにあまりにも不気

          底が知れるように小説を書く

          長編小説を読む推進力

          [長編小説]を読んでいるとき、ひとつでも気になる個所が見つからなければ、読まないほうがよい。 読むべき作品なら、読んでいる最中、どうしても個人的な[ひっかかり]があらわれる。 これを「[くさびをうたれる]」経験とでも呼ぶと、くさびをうたれたときのみ充実した読書というものが成立する。 あるいは、あの本を読みたいと思った時、こちらから作品に対して[くさびを投げ]ている。 それは学校の課題にでてくる一節からも床屋の本棚からも見つけることがある。 逆に名作と言われていようが教養がつく

          長編小説を読む推進力

          長編小説のゆるみ

          絶えず気を張ったゆるぎない[長編小説]など、それが長ければ長いほど、読むほうは息つく暇もなく苦しくなる。[大長編小説]を名乗るならなおさら。 ふつう、意図しようとも意図せずとも、長編小説には[ゆるみ]をもたせる。つまり、あえて[冗長]な、[退屈]な、[繰り返し]や[余談]を織り交ぜるということがなされる。 [テンポ]を落とす、テンポを整える、[脇道に逸れる]。 長編小説における[時間]は、短編小説のように全体として凝縮されたものではまずない。 長編小説は緩急を織り交ぜ、密度の

          長編小説のゆるみ

          夏目漱石の長編小説の構造と時間

          私見に過ぎないが、日本近代文学で独自の時間を作り出している作家といって、すぐ想い浮かぶのは、夏目漱石である。 漱石の小説の構造は、絶えず進みかつ戻るという流れを持っている。これは何を意味するのか? 一つには、漱石自身の逡巡を見て取ることが出来よう。彼は絶えず試行と反省を繰り返す(この点で漱石はドイツ・ロマン主義と親近性をもつといえる)。読み手はこの漱石の逡巡と物語の揺らぎを追体験する破目になる。(少なくとも日本の)多くの読者は、この揺らぎを快いもの且つ不安を煽るものとして受け

          夏目漱石の長編小説の構造と時間

          泉鏡花『芍薬の歌』を読んで

          久々の泉鏡花、長編小説『芍薬の歌』を詠んで嬉しくなってしまいました。 この作品を一言でいえば、言葉の玉露。 漢語と仮名ことばによる音楽。 繊細かつ大胆な意匠の至極の細工。 トホホ、筆者の実力ではとても一言では足りません。 さて、軽くご紹介していきましょう。 夜鷹の紙人形に秘められた翡翠の玉を巡る因果譚。不思議な力を持つ宝玉によって導かれる物語——というと、馬琴の『南総里見八犬伝』を思うかもしれませんが、むしろ読んでいる感触は因果譚・怪異譚として秋成の『雨月物語』や、女

          泉鏡花『芍薬の歌』を読んで

          2024年11月7日深夜

          芸術は衰退しない。人類は芸術とともにあり、衰退しているならば人類が衰退しているからである。だがそれも見せかけのことだ……芸術という言い方が重すぎるなら、皆さんのお好きな何かしらの「コンテンツ」という言い方でも構わない。 誤解されないよう言っておくが、筆者は芸術至上主義者ではなく、というよりも、人類の側に立つ者である……もっとも、この二つが、実は同じ岸にあるというのが、この論の主旨なのだが。 芸術は我々を強くする。あるいは心づよくすると言ってもよいだろう。我々を支え、高めるもの

          2024年11月7日深夜

          武田泰淳が、埴谷雄高と荒正人との鼎談で、いいことを言っていた。

          武田泰淳が、埴谷雄高と荒正人との鼎談で、いいことを言っていた。

          2024年10月をふりかえる

          デライトがなければこんな総括はできなかった。デライト様様。 趣味 インドのダンス音楽を漁った。 久々にブルートゥースイヤホンを使った。耳の周辺が楽。 大長編小説を読んでいくことにしたので、そのための準備をした。読む本をリストアップして、順番を決めたり進行度合いをチェックするなど。 デライトの輪郭数が3000いった。 ツイキャスで、カラマーゾフの冒頭数篇と走れメロスを朗読。 ラテンアメリカの作家を調べた。サバトやアレナスなど。 木村泉。ウラジーミル・タラソフ。 「長い小説サ

          2024年10月をふりかえる

          fineganswake 朗読

          フィネガンズウェイクを朗読してみた

          fineganswake 朗読

          fineganswake 朗読

          シェンデン

          この無料キャンペーン期間中に、 このサーバーで原稿を公開、ダウンロード可能にしています。 利用・拡散は自由ですので、どんどん入手したってください。

          シェンデン

          2024/10/25メモ

          具体化が創造なら、抽象化は破壊? 実際のモノを壊すというのは、人間の記憶に関わっているだろう。 モノから抽出した観念と、モノを指示した観念を同一に見ないことは……? つまり、モノは記憶に関わり、観念は時間に関わる……? つまり、出会ったモノは覚え、忘れる。時間をかけて考えればある観念にたどりつく。 モノの破壊の方法には、物理と忘却と時間がある。物理も忘却も時間が支配している。 ここに抽出/抽象化を入れると……? 抽出した観念は時間と関係してはいるが、時間に縛られていない……?

          2024/10/25メモ