スポンジと夢の作り方
実家のオーブンが5年ほど前に新しくなりました。
なんと30年以上に渡り母が愛用していた今は懐かしナショナル製。
このオーブンから僕の家族のおいしい思い出がたくさん生まれました。
友達に自慢だった母の手作りベシャメルソースのマカロニグラタン。
僕が調理師を志すきっかけとなったアイスボックスクッキー。
日曜の昼に冷や御飯をオーブンで温めてボンカレー掛けて食べたおいしかった記憶。小学校の頃に自家製パンを作ろうと思って当時は謎すぎるイースト菌!なるものを自分で買ってきて実験のごとく本を見ながら「発酵」をこのオーブンで試みたものの何度やってもうまくいかず、オーブンを睨みつけた記憶も。。。誰も完成形を教えてくれるひとがいないので分からないのが普通ですよね。大人になってもその事情は同じだと思います。
自分ではすでに過去の出来事だったのですが実家では数年前まで現役で活躍していた家電だったのです。
まさかこんなに長く実家で使ってたなんて本当にびっくりなんですが、母も僕らが幼少期から親しんできた家電で想い入れがあったらしく、多少の不具合でも我慢して使ってきてたというのです。なんか泣けます。
今は僕も東京に住んでいますし、オーブンのことなど気にもしてなかったのですが、たまたま実家に帰ったときに料理の温めに使おうと思って時間ダイヤル・・・を当時の感覚でグルグル回しても希望の分数にならないのです。
デジタル表示の分数字もアラビア語みたいになってこれは不具合ではなく、完全に壊れているor終わってると思ったのですがそこは強引にこのオーブンと僕は長年の幼なじみ感もあり念力も入れ微調整しデジタル数字を合わせました。
ようやく秒数が合ったと思っていざスタートボタンを押してもまったく反応がなく、、想いを込めてゆっくり丁寧に押すと反応するという、すでに家電を通り越して人間。。。30年ですからもう完全に家族の一員なんでしょう笑
ただ僕がもうこれは限界だと思ってしまい突然、このオーブン買い替えよう!と提案したのが今回のはじまり。久しぶりの帰省で勢いもあるのでそのまま電気屋さんに行きお得な値段のオーブンを母にプレゼントしました。
母は僕が小学生の頃にこのオーブンで作ったクッキー作りが楽しくて調理師になった経緯を知っていたのでなかなか捨てれなかったらしいのです。
僕が決断したことにより処分したい想いを断ち切ることができたみたいです笑
でも流石に僕も想いがたくさんあったので捨てる時には家電相手に笑顔になり記念写真を撮り、今も大切にオーブンとの2ショット写真がiPhoneに残っております。撮影はもちろん母。
そのオーブンとの思い出はたくさんあるのですが、その中でも唯一「不評」だったオーブン料理があったんです。
それがお菓子のスポンジケーキです。
小学校の低学年の頃から母は誕生日に必ずケーキを焼いてくれました。ナショナルのオーブンに付属していたレシピブックを見て。
もちろん今のぼくの仕事のように料理教室に通ってケーキの作り方を学んだわけではなく、当たり前ですがyoutubeなんかあるわけもないのでお菓子の作り方の正解など誰も知らない時代!!ほんと甘いと正解って感じの世の中でした。3人の子育てをしながら合間を見つけて独学で色々と子供のために頑張って作ったのだと思います。
料理の仕事をしてるからでしょうか。これを書いてるだけで涙が出ます。
スポンジを焼いて横三等分に切り分けて生クリームを泡立てて。スポンジに生クリームを塗った中には水気がしっかり切れてないみかんの缶詰がよく入ってました。。子供の記憶はすごい。。感覚ですね。
上にもデコレーションしてカラーチョコレートを振りかけて。。懐かしい!
the!おうちケーキって感じです。
当時は小学生の僕が人生で初めてみた一番大きなお菓子だったと思います。
嬉しかったです。とても。
それがですよ。これがなんと本人の僕がですね、、このケーキを全く美味しいと思わなかったのですよ。
全然美味しくないわって母にも言ってました笑
母はこんなもんちゃうん?と案外あっさりだったのですが今思えば子供の素直さは時としてグサッと来ますね。。
どうしても僕には美味しいと思えなくて、何がダメだったのかというと食感なんです。
スポンジの生地がボサボサしててしっとりとした生クリームと一体感がなく美味しいと思えなかったのです。そこに水気の切れてない缶詰みかんの食感がプラス。。当時から好みがハッキリしてたのか、希望する味のイメージがあったのか、その辺はよくわかりませんがとりあえず僕は素直においしいとは思えなかったのです。めんどい人間だったのは確かです。
今こうやって料理の仕事をしていると、スポンジ生地だったら卵を泡立てる時の気泡の大きさを揃えたり、卵の温度管理だったり、粉の混ぜ方だったりと改善点はある程度予想は出来るのですが、当時母は独学で家事もたくさんある中で多忙な時間を強引に空けた中でお菓子を作ってたわけです。
形になるだけでもすごいと僕は今本当にそう思いますね。毎年母は想いを形にしてたのです。子供が見てうれしい形を知ってたんですね。そして作ってあげたかったのでしょう。それが僕のまずいの一言です笑
もうね、いたたまれません。
さらに恐ろしい事に毎年その思いは強くなるばかりでして、、高学年になってくると何故おいしくないのだ!!と真剣に考えるようになったんです。。
もういやや自分の性格。
懲りずに作り続ける母もすごいのですが。遊びに来た友達がうまいうまいと笑顔で声に出して連発するのでやめてくれ!と自分では思っていたのですがそれも言えず。
それでここからの行動力が凄すぎるのですが、当時どこでどうやって調べたのか全く記憶がないのですが大阪にあるお菓子の専門学校に直接手紙を送ったんです。
先生教えてくれと。おかんのケーキがまずいんやと、おまけに住んでるところが田舎で「本格的なお菓子の本」も売ってないからケーキの作り方の本を送ってほしい。さらにお菓子を作る器具も田舎でそんな特別なの高級なの売ってないさか学校おすすめの最高の調理器具を教えてくれと。
今思うと自分でもびっくりでドン引きですが、でも事実なんです。いくらなんでもお菓子の本くらい売ってますわ!って思うのですが笑
そして数日後、本当に全て一式届いたんです。。
超高級そうなずっしりとしたぶ厚いお菓子の本と、お菓子の調理器具一式がかなり大きな箱で郵送されてきました。
別に届いた小さい封筒には小学生には高額過ぎる請求書が入ってました。。。
でもその時は相当テンション上がりました。プロ仕様の調理器具ですよ小学生が!セルクルやタルト型、粉ふるい器や絞りだし袋、金具、ホイッパー等々。どれもこれも今考えると全て田舎でも売ってそうなのですが笑。
子供の頃は何も知らないのでもう大興奮。都会からお菓子の最高級セットが届いたって感じで大喜びで。専門学校側も小学生相手に配慮していただき今更ながら感謝しております。
それでまずはお菓子の本で徹底的に調べたいことがあったんです。なぜおかんのスポンジケーキがこれほどまでにまずいのか。これが僕の小学校時代の最大の謎だったのです。友達は美味しいと言っているが僕は納得しないぞと。
そこで専門学校から購入した本を読みまくってようやく、おそらくここに違いないという答えに辿り着くことが出来たんです!
そのころは正直スポンジを自分で焼いたことはなく、お菓子の本質なんて知らなかったはずなんですが、今思うとよく答えを探し当てることができたなとちょっと感心してしまいます。
その時見つけた答えは今でもはっきりと覚えてまして、キルシュワッサーという洋酒を生地に塗ると書いてあったんです。読んだ瞬間にこれだと思いました。食感がパサパサしてたので、液体を塗るとしっとりするに違いないと確信したんです。
やはり本質が分かってないので原因がスポンジの焼き方にあるとは当時夢にも思わなかったのですが、それにしてもとりあえずは理にはかなった答えです今考えても。
もううれしくてうれしくて。一秒でも早く試したい!
でも田舎やからキルシュなんとかって売ってないわと完全に小学生ながら田舎の店を舐めてまして、読んだ瞬間から諦めていたところ、母と一緒に試しに近くのスーパーの製菓コーナーに行くと売ってあったんです!
それはサントリーのうさぎちゃんの絵が描いてある今も販売されているお菓子作りの定番商品なのですがそれを買ってきまして、自分ではなく母にスポンジを焼いてもらって早速試す事になったんです。
その本を見ながら生クリームを生地に塗る前にキルシュ酒を刷毛(これも学校から届いた商品)でたっぷり染み込ませてから生クリームを塗り母と一緒に仕上げたんです。
完成!!
実食!
うまーい!!!!!って声を大にして言いたかったのですが、
僕の舌は満足しませんでした。なぜだ?!!
もうめんどくさい自分。。
今思うと爆笑なんですが、当時僕は解決したい想いが強すぎてよく本を理解してなかったようです。
まずはキルシュ酒のアルコールを飛ばすことなく原液のまま使用していたので流石にアルコールがきつすぎて小学生の僕には絶対に無理ですね。大人でも食べにくいです。煮切るなんて知識は知らなかったですからこれは仕方ないですね!
あとは勢い余ってスポンジの生地に大量にキルシュ酒をベトベトに塗りまくってたんです。
もうパサパサが大嫌いだったのでこれでもかっ!!っていうくらい液体をしみ込ませてしっとりさせたかった。その思いが量になり、そしてアルコール原液。
そりゃあうまーい!!とはならず。。今はすぐにわかる失敗ですが当時は全く分からず、でも何回目かで塗る量だけは調整することを学び、しっとりはしたのでまあこんなもんかって感じで満足したのを覚えています。
でも嬉しかったですね。数年間にわたる謎の大事件を自分が解決したみたいな感じでかなり満足したのを覚えています。そして小学生でキルシュなんとかという洋酒を知っているぞ!という優越感もすごかったように記憶しています笑
今思えば大笑いの思い出ですが、当日のお菓子セットが届いたときの感動とそしてそのお菓子の本を毎日眺めていた頃の思い出は今の料理の仕事の原点です。出汁ではなく、実はキルシュだったという。。
料理を仕事にしていていつも思うことはお菓子は僕にとっては夢なんです。
ワクワクする楽しさしかないからです。理由はわかりません。
作る前から楽しいし、オーブンで焼く間も成功する確信って実はあまりないからドキドキするんですよね。だから成功したらめちゃ嬉しいんです料理のプロでも。
いまだに僕が得意なガトーショコラ風のケーキがあるのですが、卵白でメレンゲを泡立てるんですよ。チョコレートも湯煎で溶かして黒光りしたチョコレートを見てるだけで美味しそうな、かなりテンションが上がるレシピなんです。
それを途中でメレンゲの泡が消えないようにチョコレート生地と混ぜ合わす瞬間があって。
その真っ白な綺麗なメレンゲの泡を大切にしながら、生地と混ぜ合わすドキドキする緊張感があの頃と今と全く同じなんです。不思議なくらいに。
その想いのまま今のこの瞬間までこの仕事を続けることが出来た幸せを僕は感じずにはいられません。その想いを僕は今もレッスンや書籍などの形にしてたくさんの方に喜んでいただいているという感謝はもう本当に尽きることはありません。
今は日本料理一本での毎日ですが、たまにケーキを急に作りたくなるときがあるんです。それはスポンジケーキから始まった夢の作り方をなぞることが自分の原点に戻りたい時のサインなんだと最近知りました。
二十歳の頃に入社式が終わった瞬間に夢が終わってしまったと勘違いして船出は厳しくも感じましたが今だに続いているメレンゲの緊張感のおかげで今がある有り難さを今年2020年こそ一番大事にして前に進んでいきたいと強く決心した次第です。諦める一歩手前でこのnoteに出会えて表現の場があり本当に良かったです。泡立てなくても記事を書くことで良い意味での緊張が出来ました笑
また次の記事を書く目標を立てることで今をそして今後の夢を繋いでいきます。
日本料理の前菜と思ってまずは料理の思い出や楽しさが伝わるような記事を配信していきたいと思います。そのあとに一気に日本料理の真髄に入っていきたいと思います。
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