遺体のお城

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流しのしたの骨を読んだ。江國香織の。たぶん、3回目くらい。
ここに出てくる宮坂家は姉3人と弟1人の4人兄弟で、(お嫁に行った長女のそよちゃんを除けば)みんなそれぞれ自室を持っている。あたしはそれが羨ましくて、丁寧に想像して読んだ。

中でもいちばん下の弟の、律の部屋が好きだった。宮坂家は頻繁に兄弟の部屋に行く、入り浸る、ものを貸し借りする。主人公の、三女のこと子ちゃんは、じぶんの部屋に古い炬燵を出してきて兄弟の集会所にする。そういうのがいいなと思った。“台風キャンプ”の話もよかった。兄弟というのはひそやかで、親密で、友達ほど仰々しい存在じゃないからいい。

あたしにも兄弟が1人だけいる。でもそいつは部屋を持っていない。だからあたしは「兄弟の部屋に入る」という感覚をしらない。
あたしの部屋は家の中でいちばん奥まった場所にあって、いちばん寒い。ドアを開けると気温が1℃下がる。花みたいな、でも煙っぽいような、水みたいな、「すーーん」とした匂いがする。あれは寒い日に窓にできる結露の匂いと似ている。部屋の中にはどっしりした机があって、本棚があって、ベッドがあって、ピンクのテントがある。
あたしの部屋。ひとりの人間が生活するための城。あたし以外の家族にも部屋があればいいのに。あたしも他人の城に入ってみたいのに。

宮坂家はいいなあ。あたしも家族の味方にならなくちゃ。家族の誰かを軽んじるとき、あたしはそれを選択していない。家族のことを馬鹿にするのは「それがこれまで通りの、ふつうのかたちだから」そうしているに過ぎない。
なんだそれ。と思って、あたしは慌てて自我を取り戻し、なるべく家族の味方であるように努力している。1日経てば忘れて、半年後にまた思い出しながら。

あたしも三女のこと子ちゃんみたいにずいぶんぼんやりした日々を送っている。でもあたしの気質はしま子ちゃんみたいな……妙ちきりんで神経質な……タイプだから、「こと子ちゃんみたいになれたら……」と心底思った。自分の心に正直なこと子ちゃんを、あたしは本当に「いい」と思った。
さしずめあたしは不自然なのだ。世間からバッサリ外れてるくせして、結局いろいろ取り繕っている。いろいろ先回りしすぎて不自然になってしまう。もっと自然に生きていたい。
わたしがずいぶんズレていていることが、後々結局バレるとしても、どうせ見られるならば相手が「覗いてしまった」ほうが断然ミステリアスでおもしろい。もっと平然な顔をしていよう。

この本は終わると本当にかなしい。物語は完結するんじゃなくて、ふっと雲に覆われて暗転する感じで、ただ「見えなくなる」。その頃のあたしはすっかりこの家族に馴染んでいるので、読み終わったあと行き場を無くして右往左往する。別の本を開いても脚のあたりががむずむずして気持ち悪くてすぐ閉じる。戻りたいなあ、と思う。べつに展開がなくてもそれでいい。ただこの家族に時間がながれていればそれでいい。あの場所へ帰りたいなあと思う。

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