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老婆と山百合 (下)

    一 幕 ――習作――

少年A。(へこたれる)分らない。何

 か教へて下さいよ。

老婆。お嬢さんがたも分らね江だ

 ね。

少女E。江ゝ。

少女H。お婆さん。何んの花だか

 早く教へて頂戴。

老婆。(のみくだすやうな調子で)や

 ーまゆーり。

少女H。まァいゝわね。きつと頂

 戴よ。いつくれるの?

少女E。うれしい。ほんたうに下

 さいね。お婆さん、今くださら

 ないの?

少年A。お婆さん、僕にも下さい

 よ。きつと。

少年B。僕にもね。

少年C。僕にも。

少年D。僕もね。

少女F。私にもよ。

少女G。今ぢやないのでせう?

 いつくれるの? あたしもゐる

 ときに下さいね、お婆さん。

老婆。學校の先生さまを、わしは

 知つてますだからね、明日わし

 の孫娘に(と云ひかけ、再びある不

 安に襲はれ、憂鬱になる。しかし老婆

 はつとめてその考を忘れやうとする

 ものゝごとく、不自然な微笑をする)

 江ゝよーがす、きつととゞけさ

 しますだからね。林の天幕テントのと

 こへ持つて行かしますだよ。何

 人ゐなさるだね。(かぞへる)八人

 だね。ハゝゝゝゝ

少女E。それはありがたうよ。き

 つと間違へずに下さいね。わた

 し、お母様にお話しやう。

少年A。お婆さんの女の兒つての

 何といふ名?

老婆。(再び悲しみにひきこまれる)お

 澄つていひますだ。わしの娘の

 兒だがね。

少女F。いくつになるの。わたし

 達と同じぐらゐ?

老婆。(答へるのが義務のやうに)十

 三になりますだ。

少年C。(無邪氣に)その人どうし

 て林間學校へ來ないの?

老婆。それや、百姓の兒と東京の

 坊ちやま方とはちがひますだか

 らね。お澄は年こそすくね江け

 んど、仲々感心な娘でね。牛を

 ひつぱつては、畑で一日ぢゆう

 働らきますだあ。牛がよく慣れ

 てなァ、あれでなけれや、動かね

 江ぐれ江になつて了つたのにな

 ァ。(泪聲になり、とう/\涙を流

 す)そのお澄がなあ・・・・・・

 夕陽はまつたく落ちてしまふ。だん
 /\くらくなつてゆく。

少年A。お婆さん泣いてゐるね。

 その兒がどうかしたの?

老婆。(無言)

少年A。江、お婆さん、どうかし

 たの?

老婆。(おろ/\泣き乍ら)お澄はね、

 惡い熱病にとりつかれて、死に

 かけてゐますだ。もう三日もま

 へにお醫者さまに駄目ちゆはれ

 てな、わしはどうしていゝかさ

 つぱり分りましね江だからなあ

 今も藥をとりに行つたかへりを

 うろ/\してゐたところをお前

 さま方にとつゝかまつたのでが

 すよ。わしも氣がせくけどなあ、

 お澄と同じ年頃のお前さまがた

 をみると何だかなつかしいやう

 な氣がしてきてな・・・・・・

 少年少女だちはみんな感動をうける
 默つて、老婆の話の悲しみのなかに
 ひきこまれてゐる。

少年A。(皆の中での年長者らしい容

 子で)お婆さん、ゆるして下さい

 ね。そんなことちつとも知らな

 いものだから、バッタの喧嘩を

 みてもらつたり、花をねだつた

 りして・・・・・・もう花なんかいつ

 でもいゝから、早くお家へ行つ

 てその兒をみておやりなさいよ

老婆。(愈々悲しみにおぼれる)わし

 はあの兒の苦しむさまが可哀想

 でなりましね江だよ。とてもそ

 ばでみてられましね江だよ。あ

 なた方を喜ばさうと思つて、さ

 つきは、とんでもね江うそをつ

 きましたゞがね、お澄がなほつ

 たらな、きつと山百合をもたし

 てやりますだからな・・・・

少年A。花なんかどうでもいゝか

 らね。早くその兒がなほるやう

 にしてやつて下さいよ。ほんた

 うに可哀想な話だなあ。

老婆。それぢやわしはかへります

 だ。わしの家は停車塲と方角ち

 がひだからね、送つてゆきまし

 ね江が、もうとつぷり暮れちま

 つてゐるだから、みなさま方は

 ぐれね江やうに、手をつないで

 氣をつけておかへりなせ江まし

 よ。花はきつともたしてやりま

 すだからな。

少女E。お澄ちやんていふ兒 き

 つとなほるにきまつてゐるわ。

 今、お家へ行つたら、もうピン

 /\して起きてるわ、きつと。

 そしたらお花頂戴ね。

老婆。(歩るきかける)あゝ、お澄さ

 へ達者なら、何も云ふことはあ

 りましね江だからな・・・・それで

 はみなさま方、しつかり勉强し

 なせ江ましよ。生きてゐるうち

 だけのことでごせ江ますだからね

 江。これでさよならをしますだ

 老婆うなだれながら、右手へ行く。少
 年少女だちは聲をそろへて、「さよな
 ら」を云ふ。

少年C。(突然)お婆さん、花はきつ

 と下さいよ。僕の顔を覺江てゐ

 て、澤山下さいよ。

老婆。(ふりかへつて、淋しく微笑する)

 あゝようがすとも。

少女F。私、桑田つゆ子つていふ

 のよわたしにも忘れちやいやよ

 老婆のすがたみ江なくなる。少年少
 女だちは、じつとその方をみつめて
 ゐる。

少年A。さあ行かう、すつかり暗

 くなつちやつたから、みんな手

 をつないで行かうよ。

 彼等は手をつなぎ合つて、左手の方
 へ歩るきだす。

少年D。何といふいゝお婆さんだ

 らう!お父さまとお母さまの次

 ぎにいゝ人だ。

少年BとC。(同時に)花ほんたう

 にくれるだらうか?

少年A。(きつはり信じてゐるものゝ

 やうに)くれるともくれるとも、

 あんないゝお婆さんとこの兒が

 死んだりするものか。

  ーー幕ーー(十二年五月)

 MY EXPLANATION----
この一篇は、もう何年か前に書い
たものである。戯曲といふよりは、
むしろ對話に近いものであるが、
全然、對話とも云ひきれないもの
を持つてゐるので、思切つてこん
な形式をとつたのである。これは
少年少女の心持を主にしたもので
楠山正雄氏の「我々の普通教へら
れてゐる因果律の破壊、總ての、空
間的な、及び、時間的な制限から
の、狂染みた跳躍、これが總ての童
話的空想の本質である」と全くち
がつた、リアリスティツクな、少年
少女劇である。むろん、習作である
から、ずゐぶん、ぎこちないところ
があらう。どうぞそのつもりで讀
んで頂きたい。寛大によんだ頂き
たい。―――作者―――

(越後タイムス 大正十二年七月一日 
      第六百〇四號 二面より)


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