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気鋭のデカコーンに学ぶAIアプリケーションの作り方
2022年11月のChatGPT誕生以来、メインストリーム化したAI。その後、どの企業もAIを活用した新たなプロダクトの開発に取り組んでいますが、全体を見渡すと、支出に見合う成果が出ている企業はまだ多くないのが現状です。
米調査企業のガートナーの調査では、「AI採用の障壁は何か」という問いに対し、最も多い答えが「AIのもたらす価値を証明すること」でした。AIの実用性を見出し、その価値を証明するのは容易ではない中、同社は「現在進行中の生成AIプロジェクトの30%以上が概念実証の段階を経て2025年末までに中止される」との予想を発表しています。
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では、シリコンバレーのトップ企業はどのようにAIで価値を生み出そうとしているのでしょうか。人事・IT・財務情報の統合プラットフォームを提供するRippling(リップリング)が9月25日に発表した「Talent Signal」というプロダクトと、その根底にある取り組み方が刺激的だったので、本日はその舞台裏を紹介したいと思います。
「コンパウンドスタートアップ」の雄
創業6年目にして既に30近いプロダクトを持ち、数百億円の売上高と2兆円の企業価値を誇るRippling。同社は、複数のプロダクトを展開することで成長をさらに加速させる「コンパウンドスタートアップ」という考え方で成長してきました。
なぜそんなアプローチを取るのか。創業者兼CEOのパーカー・コンラッドは、以下のように説明しています。
① プロダクトの深い統合
給与、福利厚生、パフォーマンスレビューなどあらゆるシステムを展開していても、それを提供するためのコンポーネントは、⑴分析、⑵ワークフローの自動化、⑶ポリシー、⑷権限の4つです。給与レポートが作れるなら、経費レポートも、デバイスレポートも作れる。同じコンポーネントを再利用することで、新しいプロダクトの開発コストが大幅に削減できます。
② 共通のUXパターン
UXのパターンも共通化することで、顧客ユーザーは違うプロダクトを使う時に新たな学習コストがかからずに済みます。
③ 魅力的な価格でのクロスセル
複数のプロダクトをセットで売ることで、顧客企業は個別に検討するよりも安く購入することができます。顧客企業としても、Ripplingと契約すれば事が済むのも魅力的ですね。
ちなみに、「そんなに沢山のプロダクトを同時に開発すると、集中力が散漫になるのでは?」と問いかけられたところ、COOのマット・マッキニスは「We just work hard(ハードワークで解決している)」と答えていました(苦笑)。
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従業員評価を補完するAI「Talent Signal」
そんなRipplingが先日発表したのが、様々なデータを基に従業員の評価をサポートするAIプロダクト「Talent Signal」です。顧客企業の役割期待と、各従業員の日々のアウトプットを照らし合わせ、その従業員が「High Potential(潜在力高)」、「Pay Attention(要注意)」、あるいはその間なのか、独自の見解を提供します。
仕事の成果に焦点を当てるため、部下の仕事ぶりを見ずに感覚で判断してしまう「悪いマネージャー」に対しても客観的な見解を提供できる、というのが大きなメリットです。また、このデータを基に、成果が出ている社員・そうでない社員に対し、提供する機会や処遇を調整することができます。
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非常に画期的であると共に、物議を醸しそうなプロダクトですが、一体どんな考え方でこのプロダクトの開発に至ったのでしょうか。
収益性、独自性、導入可能性の3点で見極め
AIブームの到来後、多くの企業では「とりあえず何かやらないと」という焦燥感があったと思います。何もやらないよりはもちろん良いですが、マッキニスは、もっと意図を持って取り組むべきだと言います。
① 顧客がお金を払ってくれるものに集中する
投資家は、その企業に100円投資したら、それが2倍、3倍と増えることを期待して投資します。そのためには、企業はそれだけのリターンを期待できるプロジェクトに注力しなければなりません。
当たり前のようですが、AIに関しては多くの企業がその規律を忘れ、「とりあえずチャットボットを作ろう」「とりあえずCo-Pilotを作ろう」と取り掛かってしまっています。そうではなく、「どんなAIプロダクトなら顧客がお金を払ってくれるか」を先ず第一に考える必要がある、とマッキニスは言います。
これは事業戦略のみならず、人材戦略としても重要です。業界トップのAI人材は、「チャットボットを作ろう」と言ってもワクワクしません。「世界を変えるかもしれない」プロダクトに携わる機会こそ、優秀な人材を惹きつける源泉となります。
② 自社にしかできないことを考える
競争優位性を高めるためには、自社ならではのプロダクト作りが重要です。多くの場合、それは自社のデータが源泉となります。Ripplingは、従業員のデータやそれに紐づくワークフローに深い知見があります。
「GitHubにはこれができません。なぜなら、GitHubは誰を昇進させたか、誰を左遷させたかは分からないからです。Salesforceもその情報を持っていません。私達にとっては、これが貴重なデータであることは明らかでした」とマッキニスは言います。
③ 導入までの道筋を考える
画期的なプロダクトであるほど、顧客企業は躊躇しがちです。特に、人事評価は社員のキャリアを左右し得る、これ以上なく重要な意思決定です。「AIに評価されて、左遷されたら。。。」と不安を感じる人も多いでしょう。
このハードルを乗り越えるため、Talent Signalは、「新入社員の最初の90日を評価する」プロダクトと定めてリリースしました。新入社員であれば、これまでの社内実績がないため、AIの見解を受け入れやすくなります。既存社員にとっては、「いきなり自分がAIに評価されるのではない」という安心感もあるでしょう。一度プロダクトの価値を理解してもらえれば、いずれは既存社員にも広められる、というのが同社の戦略です。
同時に、Ripplingはこれは人事評価を「代替するものではなく、補完するもの」であり、このデータを用いて最終的には人が総合評価することの重要性を説いています。
「起業家」集団に任せつつ、CEOが質を担保
「Talent Signal」に限らず、Ripplingは起業家集団が活躍するために非常にユニークな採用や業務の進め方をしています。
① 「アントレプレナー」は違う報酬体系で採用する
Ripplingは80人程の元起業家を擁していますが、なぜそんなに多くの起業家を惹きつけることができるのでしょうか。その理由の一つは報酬体系にあります。
Ripplingでは、新しいプロダクトを担当する場合は、「トラディショナル」社員と違う報酬体系を許容しています。具体的には、「アーンアウト」という権利を付与され、目標となるARRの達成に基づいて新たな株式を取得することができます。リスクを取る人にはさらなる株式のアップサイドを用意することで、彼らを惹きつけています。
② 独立したチームとして走らせる
アントレプレナーチームはRipplingの採用チームに頼らず、自分たちのネットワークを使って独自の採用を行ないます。スタートアップのように「実行するための飢え」がある状況を作り、リソースを意図的に制限することで、「自分がやるしかない!」という状況に置きます。(セールスとマーケティングについては、別のチームがプロダクトのGTMエンジンを使って展開を進め、アントレプレナーチームが作ったプロダクトを積極的に売っていきます。)
③ 仕上がりは、CEOが判断する
Ripplingは、CEOのコンラッドが2週間毎に全社員の給与管理をしていることで有名です。経費をコントロールしたいからではなく、プロダクトを自ら使って、その細部まで理解したいからです。
同じ考えで、Ripplingでは新プロダクトの最終的なリリースの判断はCEOが行います。CEOにもアカウントが付与され、彼が実際に使って品質を確かめ、問題がなければ「60日の鐘」を鳴らします(「リリースの準備を始めてOK」、という意味)。分析、ワークフローの自動化、ポリシー、権限といったRipplingの基盤技術がプロダクトに落とし込まれているかを丁寧に確認することで、Rippling流の品質を担保しているのです。
おわりに
1990年代のMicrosoftは、店舗に行けば、Microsoftのソフトウェアを買い、OfficeやAccessなど、様々なプロダクトを買うことができました。Ripplingも同様に、「全てのビジネスアプリケーションはRipplingで入手する」状態を目指しているそうです。
COOのマッキニスは、年内には「We will have our AWS moment(AWS誕生時と同じぐらい大きなリリースを予定している)」と言います。どんなプロダクトをリリースするのか、今後も楽しみに展開を追いたいと思います。