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デザインにまつわる3つの誤解

「時間があればデザインを改善したいけど、納期に間に合わない。。。」

こんな悩みに直面したことはありますか?

時間やキャパの制約がある中で、いかにデザインの質を上げ続けるかは、どの企業も悩む方程式のないテーマです。美しさや使い勝手の大事さは誰もが理解しつつも、忙しい中それを実現するのが難しいからです。

一方、世界で最も成功している企業の中には、研ぎ澄まされたデザインが顧客の心を捉え、高いブランド価値を築いている企業がいるのも事実です。LVMHは事業そのものがデザインですし、TeslaやAppleも、従来その業界になかった顧客体験を通じて根強いファンを育てています。業界が成長し、競争が増えるほど、デザインは強力な差別化要因になります。

この波はSaaSにも着実に来ており、Stripe(オンライン決済)、Linear(プロジェクト管理ツール)、Figma(コラボレーションツール)といった企業はまさにデザインの力を体現して成長を遂げてきました。

これらの企業はデザインについてどう考えることで、ここまで良い顧客体験を実現しているのでしょうか?今年、2024 Stripe Sessionでプレゼンされた「デザインにまつわる3つの誤解」が、私自身の考え方を変える機会となったので、私なりの解釈を共有させて頂きます。

誤解① 美しさは見る人次第

英語のことわざに「Beauty is in the eye of the beholder」という表現がありますが、Stripeのデザイン責任者ケイティ・ディルは、これは正確ではないと言います。好みは確かに人それぞれですが、美しさにはそれなりの客観性もあるからです。例えば、建築において、幾何学に基づいた整った設計は時を超えて称賛されてきました。これは、人々が美しいと感じるものには一貫性があり、それは主観を超えていることを示唆しています。

イギリスの心理学者が行った興味深い実験があります。画家モンドリアンの絵「コンポジション」の本物と偽物を用意し、50人以上の現地の学生に、どちらが本物だと思うか答えてもらったのです。この実験を他国でも重ねた結果、回答者の85%が、「A(正解)」を選びました。

本物のモンドリアンの絵を選ぶ実験。Aが正解

この正解率は、美術専攻とそれ以外の学生で比較しても、大きな差が見られませんでした。とすると、それは、モンドリアンが追求した幾何学的な美を多くの人が認識できたからと考えられます。実際、モンドリアンは、完璧な配置を見つけるために何度も試行錯誤を重ねていました。

チームで「レイアウトや色、タイプの選択は本当に重要なのか?」という議論になったときは、より客観的に美しい解決策というものは存在し、ユーザーはそれを高く評価するということを忘れないでおきたいものです。

誤解② 美しさは表面的なもの

それでは、なぜより客観的に美しい顧客体験に注力すべきなのでしょうか?「美は表面的な化粧に過ぎない」と考える人もいるかもしれません。しかし、スティーブ・ジョブスは、「デザインは、見た目や感触だけではない。デザインとは、それがどのように機能するかということだ」という言葉を残しています。

Aesthetic-usability effect(美的ユーザビリティ効果)

美しさが表面的な影響に留まらない理由の一つとして、「美しいものは、より良く機能する」と感じられることが挙げられます。これを「Aesthetic-usability effect(美的ユーザビリティ効果)」と呼びます。実際、我々は、魅力的で理解しやすいものを手にした時、それをより積極的に使いこなし、より良い結果を得ることができます。

Stripeでは、潜在顧客向けメールのリデザインでこれを実感したと言います。元のメールの分かりにくさを踏まえ、文章の階層や、コピー、ビジュアルを改善したところ、(開封率ではなく)プロダクトの導入率が20%向上したのです。

潜在顧客向けメールのリデザイン前と後。これにより、導入率が20%向上

ソフトウェアの構造は、家のように多層

ソフトウェアの品質は複数層の組み合わせの結果と言えます。

これを、家に例えて考えてみましょう。まず、土台のレベルがあります。これはインフラやAPIデザインのようなものです。家の基礎構造と同様、ここに欠陥があると、それは構造全体に影響します。

次のレベルでは、部屋があります。プロダクト設計における情報アーキテクチャのように、フローが重要です。

さらに次は、機能的なレベルがあります。家で言うと、ドアや窓、つまり家の中でものがどのように相互作用するかということです。プロダクトにおいては、ボタンやスクロールなど、使い方を左右する要素です。

最後に、もちろん表面的なレベルもあります。上塗りの塗装、つまりプロダクトで言うとフォントやそのサイズなど、美的な選択です。

ソフトウェアも、家のように、複数の層が連動している

美しさに配慮し、意匠を凝らすことは、あらゆるレベルで重要です。それらは全て繋がっているからです。雨漏りをしている家のように、下層部の配慮がかけていると、それは表面に染み出てきてしまうのです。

多層であるからこそ、複数チーム間の協力が必要

複数の層が連動しているということは、良い顧客体験を提供するには、会社全体でデザインの飽くなき改善に取り組む必要があることを意味します。

Stripeでは、Walk the Store(店内巡回)と言って、四半期に一度、PM・デザイナー・エンジニアが顧客になったつもりでプロダクトを体験し、そこで感じた改善事項と、品質スコアカードに基づいた評価を行っています。

  • ユーザーフローの例:Stripeのオンボーディング・顧客が必要なプロダクトの特定、支払い方の設定、オンライン決済を受け付けるための支払いリンクの生成、等

  • スコアカードの項目:「有用性」、「使いやすさ」、「技巧性」、「美しさ」といった項目をチェックリスト化し、それらに基づいて評価

これらの結果も参考に、四半期に一度プロダクト品質レビューを行い、ユーザーフローごとの評価、顧客の満足度、カスタマーサポートのチケットやバグを見ながら、どう改善していくかを議論します。これを積み重ねることで、各ステップで品質がいかに重要か、そしてそれが表面だけの問題ではないことかを理解した上でプロダクト作りに取り組む習慣ができます。

誤解③ 美しさと成長は相反する

3つ目の誤解は、「美しさの追求は、成長の妨げになる」という考えです。Stripeのデザイン責任者ディルは、これも正しくないと言います。美しさは機能性を高め、それにより顧客がアクションを取る確率が上がるからです。

例えば、Stripeは、200万人が毎時間使う決済フローの改善にかなりの力を入れてきました。フローの簡略化、使い方の明確化、支払い方法の多様化、ワンクリック決済の導入など、細かな改善の積み重ねにより、収益は12%も増加したのです。

Stripeの決済画面。同社の最も重要なフローとして、改良を重ねてきた

言い換えれば、美しさを追求し、意匠を凝らすことは、成長の促進にもつながるのです。

美しさが成長に繋がるもう一つの理由として、ファンが会社の伝道師となってプロダクトを広めてくれることが挙げられます。プロジェクト管理ツールの世界で急成長を遂げているLinearは、顧客が日々Linearをどれだけ気に入っているかツイートしてくれていると言います。Linearの利用を決めた企業のCEOの中には、「我々のプロダクトチームに良い刺激を与えたかったら、Linearを使うことにした」という人もいたそうです。

おわりに

LinearのCEOカリー・サーリネンは、「人々があなたのプロダクトについて熱狂的に話していないなら、おそらくそれは良いプロダクトではない」と言います(耳が痛い。。。)。良いプロダクトはファンやサポーターを生み出し、ロイヤリティを築くことに繋がる。それはいつの間にかビジネスの差別化を維持する「堀(moat)」となる。SaaSでもデザインの質がどんどん良くなる中、これを忘れずにデザインの改善機会を捉え、解決していくようにしたいものです。

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