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【読書感想文8】『政治改革再考』
本書は、1990年代から2000年代にかけて広範な領域でおいて行われた「政治改革」について、その内実を検証、その内容を再評価するものです。
バブル後のこの時代は「失われた20年」、「失われた30年」として揶揄されがちです。本書はその評価を否定はしないまでも、この時代に行われた改革の経過を検証することで、行政改革の内実の適切な評価を試みます。その検証の詳細さは本当に驚くべきもので、当時リアルタイムでこの政治改革を見ていた人たちよりも政治改革を理解できたのでは?と思えてしまうほど、内容の濃い書籍でした。
1. 内容ざっくりまとめ
具体的には、本書は政治改革を、選挙制度改革、行政改革、日本銀行・大蔵省改革、司法制度改革、地方分権改革の5つの領域に分け、それぞれについて、何がきっかけとなり、どういう経過をたどり、その結果どういう改革が実現し、その改革によってその後どのような効果が生じたのかについて、当時の社会情勢、各アクターが作成した具申書等の関連書類、主要人物の発言、当時の報道を大量に、それも細かく追いながら再現していきます。
その詳細な検討を通して筆者が見抜くのは、この広範な領域でなされた政治改革を横串として突き刺す哲学、すなわち「近代主義」です。
90年代に入ると、日本はバブル時代が終わり、未曽有の不景気に突入します。一方で外に目を向けると、冷戦構造がついに崩れ、世界情勢は新たな局面に入っている。このような状況に、もはや55年体制を中心とする旧来の日本政治体制では対応できず、西欧のように、国民が主体的に政治に参画でき、かつ合理的な政治体制を実現しなければならない。そんな意識を、市民、メディア、学者、さらには政治家が共有していたというのです。
そしてそれゆえに、衆議院選挙制度の大改革、省庁再編と内閣権限強化、日銀法改正、法科大学院や裁判員制度の導入、地方への行財政権の移譲といった、「失われた」という一言ではとても片付けられない、極めて大規模で影響力の強い多数の改革が行われたというのです。
しかし、筆者はこの政治改革の重大性を上記のように認めつつも、その効果は想定どおり日本の政治を大きく改善するに至らなかったと述べています。そしてその理由を、改革内容と同じく確かなファクトと論理を積み重ねた上で、3つ提示しています。
一つは「土着化」です。
確かにこの政治改革では、「近代主義」という指向が複数の領域における改革を横串として突き刺している。しかし、この「近代主義」が各領域固有の事情に応じて適宜アレンジされて実現した結果、各領域の改革に一貫性がなくなったというのです。
例えば、選挙制度改革、内閣強化は中央集権的な方向に進んでいるのに、日銀法改正や地方分権は分権的な方向で近代主義を実現している。このように、同じ「近代主義」でも、それぞれの領域における近代主義の実現方法がバラバラになり、その効果を打ち消しあった側面がある、というのです。
二つ目は、一つ目と重なりますが、「マルチレベルミックス」の視点の欠如です。
マルチレベルミックスとは、「複数領域間の連関」を意味します。すなわち、各領域での改革はそれ単独で扱えるものではなく、互いに影響を及ぼすものであり、その影響を考慮しながら各領域の改革を考えなければならないのですが、この視点当時の改革には欠如していた、というのです。
例えば、行政改革では官僚支配の脱却ばかりが注目され、内閣府の新設など、内閣強化のほうは特に注目を集めないまま実現した側面がありました。しかし、この強化は衆議院における小選挙区制導入による党のトップダウン化と重なったことで、予想外の首相権限の強化を呼びました。それは、小泉改革や現在の第二次安倍内閣における「官邸主導」政治で確かに顕在化しています。
三つ目は、改革の未着手領域の存在です。
例えば、参議院の選挙制度の改革がなおざりになっている結果、衆議院の選挙制度改革の効果が低減しています。
また、地方分権改革は国から地方への権限移譲は達成したものの、地方の政治制度そのものの改革が進んでいないので、地方の行政能力不足など、新たな問題が発生しているのです。
以上のように本書は、世間一般の90年代、2000年代政治に対する評価からは距離を置き、丁寧に事実を積み上げることで、その20年間で断続的に、かつ様々な領域で行われた政治改革の効果と課題を丁寧に明らかにしていくのです。
2. 一口感想
本書を読んでまず感じたのは、お金をだして一線級の学者の研究結果に触れるという事の大事さです。
情報収集の手段はもっぱらインターネットになりがちなこの時代、ただでさえインターネット上の情報は玉石混交であるほか、情報量の増加やSNSの発展に伴い、人の目に留まることに主眼を置いたような、看板だけが派手で中身のない情報がますます増えています。
そんな中で、専門の学者さんが、想像もつかないほどの生データと検討量を重ねて生み出した書籍を読むと、そこに詰まった情報の濃さ、信頼度が骨身にしみます。安易な結論に流されず、ファクトを積み重ねることで過不足のない推定をはたらかせていくその思考の過程に、学問というものの美しさを見て感動したほどです。これが2000円もせず読める現代、素晴らしいと感じるばかりです。
また、私が生まれるか生まれないくらいの時期に進んでいた政治改革の内容を学習することで、「今」の政治をより深く考察できるようになったことも、この本を読んでよかったところです。
コロナ禍もあいまって、国民の政治への関心が非常に高まっているような気がする今日この頃。無策無能無行動とののしられることの多い今の政治ですが、例えば本書を読むと、実は今の日本の政治システムというのはかつてなく内閣の実行力が強くなるようにできている、というのがわかり、内閣の動きの見え方が少し変わってきます。
また、改革の経緯が刻銘に再現されている本書を読むと、政策というものがいったいどのようなプロセスを経て出てくるのか、いかに様々なアクター(官僚、政治家、学者、経済界、メディア、世論etc.)にもまれにもまれて、紆余曲折を経て最終成果物になるのか、その雰囲気が少しだけわかってきます。そうすると、今の政府の無策はいったいどこに原因があるのか、少なくとも首相への個人攻撃よりは有用な検討ができるようになると思います。
過去をつぶさに振り返ると、歴史を知ると、より精度の高い「今」の評価ができるようになる。そんなことを感じた1冊でもありました。
これからのさらなる政治改革を思案するにあたって、必読の書だと思います。
(終わり)