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掌編小説「一輪挿し」800字
ダイニングのテーブルに細長い花瓶が置かれた。白くて四角い陶器で、一輪挿しのようだ。
「お母さん、これなぁに?」
娘が母親に尋ねた。
「これは花瓶よ。お花をここに挿すの」
そう言って母親は、そこに一輪のコスモスを挿した。それを見ていた娘は
「わーきれい!」
と喜んで、楽しそうにかわいい拍手を繰り返した。母親も部屋の中が少し華やかになった気がして嬉しくなった。少しすると娘が
「これミサキもやりたい。お花でお部屋をかわいくしたい」
と言い出した。
母親は少し迷ったが、娘が花を愛でることに興味を持ったのは良い事だと思い、翌日、娘を連れて買い物に出かけた。高くないものを選べば一輪挿しは手軽に買えるし、お花も一輪なら数百円だ。
自由に選ばせると、ミサキが選んだのはマリーゴールドだった。
部屋に戻って一輪挿しを並べてみると、ミサキの花瓶の方がちょっと低い。マリーゴールドを挿して完成。ミサキは喜んでまた小さく拍手している。ダイニングテーブルに並んだ二つの花瓶は親子のようだ。
「お母さんとミサキみたいだね」
ミサキはそれから飽きもせず、いろんな角度から花を眺めていた。夕飯が終わってもまだダイニングを離れないミサキを見て、母親は「そろそろ寝る支度をしなさい」と言い付けた。
ミサキは「はーい」と生返事。まだダイニングに並んだ花に見とれている。
「でも、お花さん寂しくないかなぁ」
ミサキが言った。
「なぁに? 大丈夫よ。ミサキが寝ちゃっても、お花は一緒に隣同士並んでるんだから」
母親はミサキが夜更かしする理由を探していると思って反論した。
「……うん」
そう言うとミサキは寝室へと向かって行った。ようやくあきらめたかと思い、母親がテーブルを見ると、コスモスを挿していた花瓶にマリーゴールドがちょこんとお邪魔していた。
それを見て母親は思わず笑ってしまった。
まるでいつも母親のベッドに入ってくるミサキみたいだ。