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ショートショート「思い出の色分け日記」1900字
「この思い出は赤のクレヨン。こっちの思い出は水色のクレヨン。そうやって色分けして、よくノートに思い出を書いてたんだ」
子どもの頃の日記帳。小学生だったかな、よくやっていたと思う。感情と想像力が豊かな子だったんだな。
「へぇ、面白いこと考える子どもだったんだね。でもそんな能力聞いたことない」
そう、私は幼い頃から「思い出の色分け日記」を続けていたら、だんだんリアルタイムで「これは何色の日記になるな」ってわかるようになっていった。友達といる時はオレンジ色、試験前は群青色、体育の時は黄緑色、歌っている時はピンク色。
美術の授業で色彩を勉強したら、どうやら楽しい時に暖色系に、悲しい時に寒色系に感じるみたいだ。
「あー、その感覚はなんとなくわかる。明るい性格はあったかいイメージの人とかって、一般的な感覚に近いんじゃない?」
こんな話は誰も信じてくれないし、変なやつだと思われるだろうと思ってあまり人には話してない。でも親友のミズキには打ち明けられた。サバサバしていてどんな話題もフラットに話せる性格だからかもしれない。
高校生になると、その感覚がどんどんエスカレートしていった。起きている間ずっと、自分の感情が色になって見えるようになった。視界に色が付くわけじゃない。脳を色が覆うような感覚。たぶん共感覚みたいなことだ。別に不便なわけじゃないし、特殊能力を持った感じで嬉しかった。
でも初対面の人に出会った時は、変な先入観を持ってしまうこともある。ぱっと見で明るい感覚になれば、たぶん友達になるし、暗い色になれば、たぶん仲良くなれない。ミズキと高校で初めて話した時は蛍光オレンジのようにキラキラして見えた。
上京して大学に入ってすぐ、サークルで出会った先輩は、ちょっと気味が悪かった。会った瞬間、視界でわかるほど目の前が真っ白になった。
この感情だけは前例がなくてわからなかった。これからどうなるのか、その人に何をされるのかわからない恐怖があった。東京にはまだ私の知らない感情があるのか…なんて詩的なことを思ったりもした。
「最初はね、私、ちょっとその先輩を避けるように過ごしていたんだけど」
ミズキに打ち明けたのは他でもない、その先輩が気になるからだ。
「飲み会とかで話すことがあると、なぜか趣味が合って、この前なんか好きなバンドの話で盛り上がったの」
その時は頭にオレンジやピンクが薄く差した。
「いいことなんじゃないの?得体が知れなかった何者かが、実はいい人だってわかったってことじゃん」
「それで、私の同期の子と先輩と3人で、そのバンドのライブを観に行ったんだけど」
「なんだよ、もうノロケじゃんか。はいはい、おしまい、ごちそうさまで〜す」
その日、ミズキとのお茶会はそれでお開きになった。そのあと大学2年の年末、私は実家に帰省した。
「そんなに気になるなら、昔のノートを調べてみたら? 白の意味がわかるかもしれないよ?」
たしかにそうだ。私だって気づいていた。あの日記帳を見返せば、何かわかるはずなんだ。結局私はミズキに背中を押されるかたちで、子どもの頃に書いていた「色分け日記」を探すことにした。それは、私が家を出てから何も変わっていない子ども部屋の押入れの中にあった。
色鉛筆で書かれたカラフルな思い出の中に、私は白を探した。そして私の目は、ある一文に吸い寄せられた。
「きょうはちかちゃんと しょうらいのゆめ をはなした」
2年生ぐらいか? 全部ひらがなの文章をゆっくりと読み進める。
「ちかちゃんは あいどる になるってゆった」
アイドルはやはりピンク色で書かれている。
「わたしは しょうらい をきたいってゆった」
ん? なんで書いてないんだ? 違う。よく見ると、そこに白い文字が書かれている。これだ。先輩の謎は私の将来の夢に関わっていたんだ。
じっくりと目を凝らす。心臓が高鳴る。脳は緊張の黄色で脈打っている。
「わたしは しょうらい うえでいんぐどれす をきたいってゆった」
ウエディングドレスを着たい。子どもの夢としてはあってる。いわゆる「お嫁さんになりたい」という夢だ。つまり先輩は私の…運命の人? 私は急いでスマホを取り出し、このことをミズキに報告した−−
大学を出るまで、私と先輩が付き合うことはなかった。なぜって、先輩は一緒にライブに行った私の同期とくっついたからだ。大丈夫、そんなことで私の運命は揺るがない。
そして大学を出ると…
大学を出ると、先輩は就職してウエディングプランナーになった。
…私は二度と先輩と会うことはなかった。