isono/20200518/柔軟なペルソナ
・自己の保身が分かりやすい形で現れてくれるのならいいのだが、自己犠牲的精神でラッピングした保身、特に嫌われたくないという保身もある。自分はどうもこの形式の保身の傾向が強すぎる。様々な形で表出する「保身」にしっかりと気づいて、そんな自己を客体化して一呼吸置いた上で行動しなくてはならない。
・金曜日にA君に対して、少々忙しかったのもあって素っ気ない態度をとってしまった。なぜかと考えてみても大した理由はないことに気づく。おそらくまだ根本の所で彼に興味を持ち、彼の成長を心から信じることができてないのだろう。時間を積み重ねて彼という人間をもっと知ろう。特に彼は色々なことに自信がなさそうだから、良い点だなとまでは行かなくても卒なく、問題なくやっていると思った時でも、結果だけでなく行動も「いいね」と肯定してあげたい。もっと自分が彼に与える影響に自覚的に行動しないといけない。
第一の視点 一つの理想的な「統一的人格」を持つ人間をめざすのではなく、自分の中に「様々な人格」を育て、それらの人格を場面や状況に応じて適切に使い分けることのできる人間をめざす。
第二の視点 自分の心の中の「小さなエゴ」を捨て去ろうとするのではなく、その「小さなエゴ」の動きを、静かに見つめることのできる「もう一人の自分」を育てていく。
第三の視点 ただ「理想的人間像」を論じるのではなく、そうした人間像に向かって一歩一歩成長していくための「具体的修行法」を身につける。
『人間を磨く』田坂 広志
・人の器の「広さ」とはある程度までは自分の中にどれだけの顔をもっているかで決まると思う。過去「八方美人」という言葉に悩まされることも多かったが、やっと自分が多様で変化していく存在だということを違和感なく受け入れられるようになったと思う。「含んで超える」「対立を超える」とういった所に人間としての成熟があるのかもしれない。
「厳しくも暖かい父」「寛容で前向きな兄弟子」「相手の中に良心を見つける神父」「謙虚で好奇心旺盛な学徒」「価値提供を重視する緻密な職人」「大胆な行動力を持った変わり者」「熱意を伝播する変革者」「率直で自分の弱みを喜んでさらす友人」「自由で怖いもの知らずの大学生の自分」「嫌われるのが怖い、幼い中学生の自分」「人と向き合うのが怖い、自己保身的で皮肉屋な自分」etc...
一方で、それらのベースにある土台、人間としての基本事項(生き様?)が一貫していることが、単なる八方美人との分かれ目となるのではないか。自分の心からの思いや願い(志というもの?)、人間尊重の精神、フェアネス、静かな情熱、そういったものをしっかり育てなくてはならない。
『自分には多様な側面があり、しかもそれらはまるで季節の移り変わりのように自然な形で変化していくことに気づくことができます。 そしてさらに重要なことは、千変万化するそうした多様な自己の側面は、確かに自分を映すものなのだが、それは自分という存在の全体を表すものではない、という認識を持っていることです。 言い換えるとこの段階の人たちは、そうした無数の自己の側面は、自分の存在全体を表すものではないゆえに、それらが「虚構の産物」であるということに対して自覚的です。 ただし、相互発達段階に近づいている人たちは、虚構の産物である自己の側面を決して自分から切り離すことをしません。そうではなく、それが虚構の産物であると理解したうえでそれらを抱擁し、自分の存在全体を受容することに目覚めていきます。』
『リーダーシップに出会う瞬間 成人発達理論による自己成長のプロセス』
最初、対立的に見えるこの二つの考えに対して、「厳しくすることが、本当の優しさではないのか」「厳しさの奥に、子供に対する深い愛情がなければならない」といった形で互いの思考を深めていくならば、最終的に、「優しさ」と「厳しさ」という二項対立を超え、二つの考えを、より高い次元で統合し、より深い理解に到達することができる。これが「止揚」という思考のプロセスである。『深く考える力 』田坂 広志
一般に、企画会議を運営するノウハウとして、「始め民主主義、終わり独裁」 という言葉があるが、企画会議の始めは、会議主宰者として、誰もが自由に意見を言えるような民主主義的な雰囲気を作る
経営者 は、昔から、「多重人格」でなければ務まらない職業ですね。 例えば、全社員の前で会社の将来ビジョンを語るとき、「ロマンと情熱」 を持った人格が前面に出てこなければ、社員の心に火をつけることはできないでしょう。一方、経営会議で経営陣を相手に収益計画の話をするとき、「数字の鬼」 とでも呼ばれるような厳しい人格が前に出てこなければ、企業の存続さえ危うくすることがあります。そして、若手社員に対しては、「優しい親父」 といった人格で接する一方、幹部やマネジャーに対しては、「強いリーダー」 の人格で処する必要があります。
単なるビジネスメールでありながら、短い文章の中で、見事に「人格の切り替え」を行っているのです。冒頭は、会議が良き学びの機会であったことに感謝する「素直で謙虚な人格」、本文は、合意条件に認識違いがあってはならないという「慎重で几帳面な人格」、最後は、相手の健康に配慮した「温かく思いやりのある人格」 で、メールを書いているのです。
『人は、誰もが「多重人格」』田坂 広志
最初から結論を言わせていただくと、リーダーシップとは、私たち一人一人が自分の生き方、 仰々しく言えば、生き様を問うことだ。したがって、この本が、自分に引きつけてリーダーシップをとらえ、自らの人生にとってリーダーシップがどんな意味をもつのかを考える機会となれば、筆者の一人として光栄に思う。『リーダーシップの旅~見えないものを見る~』