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せどりの語源は「背取り」?古典と史料で本当の語源を探る


せどり」、いまや転売ヤーの隠れ蓑としての使われ方が大勢になりイメージが急落した言葉。

以前は主に古書流通において、ブックオフ等で希少性などからくる本自体の価値より安価で値付けされている古書を抜き取り、希少性などを加味した高値の査定で売却する生業を指す語として「せどり」が用いられてきた。

そういった生業の存在から、背表紙を見て高価値の書籍を抜き取ることから「背取り」が「せどり」の語源であると解釈されてきた。

百家争鳴の「せどり」由来論争

一方で、以上のようなことを指摘した上記ツイートに対して、様々な異論が噴出した。主な論をまとめると以下のようなものがある。

①「背取り」説:古書用語、棚から背表紙を見つけて取ることから
②「瀬取り」説:接岸できない大型船に小型船で横付けして、荷物を陸に運ぶのを「瀬取り」と呼んだ事に由来する[1-1]
③「畝り取る」説:米問屋が使ってた用語。出荷する際に品質ごとに別ける=選別すること「畝り取る」に由来[1-2]
④「糶取り」説:元は糶取り(お米)で、それにちなんで、仕入れ転売を指す語として転用されたことに由来[1-3]
⑤「竸取り」説:竸取り、つまりオークションに由来[1-4]

[1-1]https://x.com/automaton_cell/status/1788888880751796467
[1-2]https://x.com/hoshinoruri16/status/1788820901573820673
[1-3]https://x.com/MayaEnomoto/status/1788854202502135892
[1-4]https://x.com/twit_nexard/status/1789003911749333432

しかし、どの論についても根拠となる文献が提示されておらず、どれが実際の語源なのかがわからない。そこで、本論では「せどり」の語源について史料を基に検討を行いたい。

検討①:背取り

江戸時代後期の作家、為永春水は『玉川日記』や『近世物之江戸作者部類』などにおいて、若い時分に「本の糶取の担ぎ商」「旧本の瀬捉」をしていたと紹介されている[2-1][2-2]。

…昔を問へば為永正助、扇一本の舌講師よりたゝき出し、本の糶取の擔ぎ商、西行法師のあらねども…

為永春水『玉川日記』

…柳原土手下小柳町の辺に処れり。旧本の瀬捉といふことを生活にす。且軍書読みの手に属て、夜講の前座を勤ることも折々ありといふ…

曲亭馬琴『近世物之江戸作者部類』

これらのことから背取りについて、神田古書店街の誠心堂書店の橋口候之介は、背表紙のない和書が主流であった時期から古書取引に関して「せどり」という語が使われていることから、「せどり」の語源を本の背表紙を見ながら抜き取る「背取り」からきているとするのは誤りであり、都市伝説であるとしている[2-1]。

それでは古本用語としての「背取り」はいつごろから用いられてきたのか?1904年(明治37年)の『東京自活苦学案内』において現在と同じ用いられ方の書籍商としての「背取」の記述がある[2-3]。

…亦背取ト稱シ書籍商人仲間ノ物品ヲ甲ヨリ乙ニ乙ヨリ丙ニ中次ヲ爲シ毎日各店ヲ尋子廻ルモノアリ…

森泉南『東京自活苦学案内』

1939年の『書物語辞典』においては語源不明とし、背取ないし糶取等と宛字をっしている[2-4]。

せどり 語源不明。漢字を當てるに背取、糶取等あり、又セリドリ、サイトリならんという説もある。せどりの営業は、店舗から店舗を訪問しして相互の有無を通じて口銭を得るのを目的とする。即ち甲書店の依頼品を同業者間をたずね歩き値の安きを求め其の間に立って若干の利得をする。

古典社『書物語辞典 3版』

さて、「背取り」は明治後期には使われるようだが、「せどり」にはいくつかの当て字があるらしい。実際、『大日本国語辞典』には「せどり」について「背取り」ではなく「糶取」「竸取」で立項されている[2-5]。

せ-どり 糶取 竸取(名)同業者の中間に立ちて、註文品などを尋ね出し売買して口銭を取ること。又、それを業とする人。今は主として書籍商にいう。さいとり。

金港堂書店『大日本国語辞典 第3巻 す~な』

また、ごく少数であるが、後述する「瀬取り」と同様の意味合いとしての「背取」用法も確認できる[2-6]。

舷門又は載貨門。
…その便利なのは、艀舟から背取りする都合の爲である。

武田甲子太郎『船舶投資』

[2-1]https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=3816
[2-2]https://dl.ndl.go.jp/pid/1882690/1/172
[2-3]https://dl.ndl.go.jp/pid/813098/1/24
[2-4]https://dl.ndl.go.jp/pid/1794357/1/49
[2-5]https://dl.ndl.go.jp/pid/954647/1/103

検討②:瀬取り

「瀬取り」は船から船への荷の載せ替えを意味しており、1900年代までにはそのような用法で用いられている[3-1][3-2]。

…船体既に転覆の場合を救助人幷に瀬取船を以て積荷石炭過半を瀬取り遭難船へ大網を掛け漕却せしに…

内外海事学会『内外海事要録 (6)』

せ-どり[瀬取り]水上にある船から荷揚げすること。その艀舟を瀬取舟といふ。

海洋文化協会『標準海語辞典』

また対応する英単語「lightening」から船舶用語の意味が強いと考えられる[3-3]。

lightening 荷揚げすること、-not lightening 瀬取り(荷揚げをなさざるの意味の船用語)

三省堂『英和海事用語辞典』

また、「背取り」項で触れた『近世物之江戸作者部類』における為永春水の「旧本の瀬捉」については、この用例しかみれらず。またその解釈として糶売と同義とされている[3-4]。

…初め柳原辺に居住して、古本の瀬捉=糶売の類=又副業に講釈の前座も…

富士崎放江『褻語』

[3-1]https://dl.ndl.go.jp/pid/1516911/1/27
[3-2]https://dl.ndl.go.jp/pid/1124528/1/186
[3-3]https://dl.ndl.go.jp/pid/1124519/1/71
[3-4]https://dl.ndl.go.jp/pid/1667785/1/34

検証③:畝り取り

「畝り取り」は最も文献が得られず。また、可能性も少ないと考えられる。また、特に取引としても用いられ方もなく、耕作ないし収穫量を示す語としての例は見られた[4-1][4-2]。

六 ◯壠 ◯巻耳 ◯うねり ◯うねる ◯うねぶ
…◯うねぶ うねぶ、うねす、うなふ、うなす。ウネをハ行にサ行に活用せるなり。関東にて田を耕すことを、ウネフとも、ウネスとも、ウナフとも、ウナスともいふ。遠江にてウナドルともいう。畫ドル、摸ドルと同じく畝取るなり。

賀茂百樹『日本語源 下』

…三河の棉作は十二分の作にして近年稀有なりし、而して平均一反歩に付其収穫は實綿四十貫目位なり、之を称して畝取と云う…

大日本農会『大日本農会報 (162)』

[4-1]https://dl.ndl.go.jp/pid/1126424/1/231
[4-2]https://dl.ndl.go.jp/pid/2363713/1/34

検証④:糶取り、竸取り

「背取り」の項でも触れたが、いくつかの文献において、「せどり」の当て字として「糶取」ないし「竸取」が記載されている[2-4][2-5]。

せどり 語源不明。漢字を當てるに背取、糶取等あり、又セリドリ、サイトリならんという説もある。せどりの営業は、店舗から店舗を訪問しして相互の有無を通じて口銭を得るのを目的とする。即ち甲書店の依頼品を同業者間をたずね歩き値の安きを求め其の間に立って若干の利得をする。

古典社『書物語辞典 3版』

せ-どり 糶取 竸取(名)同業者の中間に立ちて、註文品などを尋ね出し売買して口銭を取ること。又、それを業とする人。今は主として書籍商にいう。さいとり。

金港堂書店『大日本国語辞典 第3巻 す~な』

また同様の漢字を用いて「糶」「競」の漢字を用いて以下のような語がある。このように見ると「糶」「競」はほぼ同義の字として用いられているように見える。

せりあげ(糶上げ)競売で値を段々と釣り上げること。

古典社『書物語辞典 3版』

せりうり(糶売)競売、入札も含めて多人数の競争によって個々の商品を最高値を主張したものに売る方法の総称、古代は個物のみであったが、現代では新品も扱ふ…

古典社『書物語辞典 3版』

言海』においては、「競売」が立項されている[5-1]。

せり-うり (名)競売 買人に価を競わせてその最も高きに売る。

大槻文彦『言海』

一方で「糶」は以下のように立項されている[5-2]。

うりよね (名)売米 貯へたる米を売り出すこと(かひよねに対す)

大槻文彦『言海』

また、オークションと同様の取引方法として、大坂堂島で行われた糶糴売買がある。これは、売り手と買い手の双方が相場を提示し、折り合ったところで売買がなされるものである[5-3]。

それでは糶取引と競取引をどのように区別すべきなのか?以下の文献において解釈が記述してある。これを見ると、米の取引かどうかが基準のようであり、ほぼ同義と解釈してよいように思える[5-4]。

復競売を糴売買と呼び、競買は糶売買といい、両者を総称して、糶糴売買ともいうが、糶は由来「うりよね」の意であり、糴は本来「かいよね」の義であるから前者は米の競売に限るべく、後者は之が競売のみに用ふべきである。

名古屋財務研究会『取引所に於ける売買と関係法規解説』

[5-1]https://dl.ndl.go.jp/pid/992954/1/357
[5-2]https://dl.ndl.go.jp/pid/992954/1/132
[5-3]https://www.jpx.co.jp/corporate/research-study/working-paper/JPXWP_Vol41.pdf
[5-4]https://dl.ndl.go.jp/pid/1031908/1/49

結局「せどり」ってなんなんだ?

上記よりそれぞれの説をまとめると以下のような推論ができる。

①「背取り」説:④、⑤の糶(竸)取引から転じた「せどり」への当て字「背取り」
②「瀬取り」説:関係ない船用語。
③「畝り取る」説:情報不足。取引用語とは思えない。江戸以前に糶取りへ転化した可能性はある。
④「糶取り」説:米市場の糶糴取引(≒竸取引)から由来。竸取りとどちらが早いかは不明
⑤「竸取り」説:竸取引(オークションは入札競売)。複数の売り手からより安く買い、複数の売り手により高く売る取引手法。取りとどちらが早いかは不明(読み的にはこっちな気がする…)


漢字は兎も角、「せどり」の要点が以下のような意味合いに集約されると考えられる

複数の売り手からより安く買い、複数の売り手により高く売り、その差額を得る取引、またそれを行う仲介者

俺的「せどり」解釈

おわりに

今回、「せどり」とは何ぞやということを文献と共に探った。正直、自分には江戸以前の文献を調べられるパワーがないのでこれ以上遡ることはできないと思う。
誰かがより過去に遡って「竸取引」と「糶糴売買」の先を調べるときの助けになればうれしい。もしかしたら「畝取り」に繋がるかも…?

「転売ヤー的せどり」は一定「せどり」の語義に叶うような気がしてくる。しかし、プラモ趣味とする一人間としては「せどり」などと称して「買い占め」を行い将来的な市場を破壊する転売ヤーは消滅してほしいと心から願うものである。

ガンダムベースにアクセスできない田舎住みにはAmazonが使えないと購入できる種類が本当に少なくなるから困るのだ…


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