情報社会を生き抜くための本41「読書力」(齋藤孝)
この本の初版は2002年、当時ベストセラーになり話題になった本である。もう18年も経ったのかと思ってしまう。この本で示された「読書の力」に強く同意を得た思いがある。最近「読解力」が話題になっていて、この本のことを思い出した。この本に書かれた「読書の力」は、進展を続ける情報社会を切り拓く力そのものだ。
斎藤氏は「本はなぜ読まなければならないのか」という問いに対する答えは「自分をつくる最善の方法だからだ」としている。「自分の世界観や価値観を形成し、自分自身の世界をつくっていく。こうした自己形成のプロセスは、楽しいものだ。しかし、近年は馬鹿にする傾向がある。とりわけ1980年代以降は、その自己形成を軽んじる傾向が加速した。・・・楽しければそれでいいとっった風潮の中で見失われた自己形成のプロセスは、時に危うい宗教団体に求められた。」と述べ、オウム真理教事件を例示している。
「読書の幅が狭いと、一つのものを絶対視するようになる。」教養があるということは、幅広い読書をし、総合的な判断を下すことができるということだ。」この傾向は、インターネットの進展により一層加速化した。人々は、もはや自分の頭で考えなくても、ネットにある答えを探す様になってきた。幅広い情報を手に入れやすいはずのネットをただただ自分の関心の向く情報のみをクリックして手に入れて満足しているだけ。読書のように考える素材としての情報を得ることはない。読書力を付ける必然性は、ますます強くなってきている。
「読書をするとコミュニケーション力が格段にアップする。」・・・「はっきりと言えるのは、会話に脈絡があるかどうかという違いだ。・・・相手の話の要点をつかみ、その要点を引き受けて自分の角度で切り返す。しっかりと相手の言っていることの幹を押さえて、それをより伸ばすように話をするのが会話の王道だ。この幹をつかまえる力は、読書を通じて要約力を鍛えることによって格段に向上する。」
情報社会では「あらゆるコンテンツから文脈を見通す力」が求められるようになってくるのだ。