仁を守り、黒字を築く
創業する人にアドバイスを求められると、私は「仁」を持つことを勧めます。
「仁」とは、『論語』に出てくる徳の一つで、「人を愛すること」を意味します。人を愛し、社会を愛し、世界をより良くしよう。そのための装置として事業を位置付ける――そんなスタンスを持つ人は、不思議なことに、どんなに難しそうな事業計画でも食いっぱぐれることがありません。
ビジネスで大成功を収めるには、才能と如才なさが必要です。しかし、不撓不屈で事業を続けていくためには、信念と多くの人々(お客や助っ人)が欠かせません。「仁」で始まる事業は、人を出し抜いたり短期で高収益を得る成長路線には向きませんが、適正な利益をきちんと積み重ね、盤石な成長を実現します。長い時間が経ったとき、しっかりした土台の上に、はるかに高い地点まで到達できるのです。建物が高く積めるのは、基盤が良いからこそ。
もちろん、「儲かる方法」を教えるのはとても難しい。そうしたことは、大儲けを目指す人が自ら切り開いていくしかありません。しかし、「やりたいことを全力で取り組み、食うに足る分あればいい」という生き方を目指す人には、この考え方が役立つはずです。
「好きを仕事にして、飢える心配がない」。この生き方は、「仁」という心のスタンスで始まり、途中で指針を変えることなく一貫して続けられます。そして、遠い未来、事業が人生とともに「ピンピンコロリ」で終わる――そんな理想的な結末を迎えられるでしょう。
特に、定年後に小さな事業を始めようとする人にとっても、このアプローチは有効です。利潤追求に苦手意識を抱え、中途半端にコンサルを頼んで「なんか違和感があるな」と感じながら進めた結果、失敗してしまうよりも、「仁」を基礎に据え、自分の好きで得意なことを土台として積み上げる方が、長くやりたいことを仕事にできるでしょう。
ただし、「仁」を持つ人がやりがちな「ただでいいよ」という必殺技には、注意が必要です。まだ見ぬ「未来の顧客」にもきちんとしたサービスを将来提供するためには、案件単位で赤字にしないことが大切です。材料費や交通費、機器の損耗、地代や税金、さらには自分自身の給与も含めて、適切な対価をいただく必要があります。
一見、「仁」と相いれないように感じるかもしれませんが、本当に人を愛し、社会を愛し、世界を良くしたいと願うのであれば、案件ごとに黒字で終えることが使命を果たすための条件です。もし赤字を出してしまうと、もともと資金なんて薄い気楽な事業では、すぐに続けられなくなってしまいます。そして、それを繰り返せば、いくら志があっても事業を続けることはできません。これでは、まだ見ぬ「未来の顧客」があなたのサービスや商品を必要としても、それを届けられない結果になります。使命を果たし続けるためにも、黒字であること――「仁」と「黒字」は車の両輪です。