「暮らしと政治」の身近な教材開発で小6が国民主権、原発まで考える
6年生の社会科では、地方公共団体の政治の働きについて学びますが、例えばA社の教科書では、東京都のある区の取組が取り上げられています。
地方に住む私の学級の子供たちが、この教科書の内容をそのまま教材にしても、学習効果は上がらないと考えました。
そもそも地方自治とは、身近な暮らしをよりよくするために行われるものであり、身近であるからこそ、民主主義について学ぶ格好の教材になるのだと考えます。
そこで、子供たちにとって身近な教材を開発し、地方公共団体の働きを具体的に理解するための私の授業アイデアを紹介します。
1 教材のネタを居住地域の発信情報から探す
居住している市町村などが発信している情報から教材のネタを探します。
私は、次のようなところから、ネタを集めました。どれもネット公開されていました。
① 市議会の会議録
② インターネット議会中継の動画
③ 市議会だより
④ 市議会提案条例に関するページ
⑤ 請願・陳情に関するページ
また、
⑥ 市の広報のページや広報紙
さらに、
⑦ 地域の政治について伝えているニュース報道(新聞やテレビなど)
を主に使いました。
この中で、特に役立ったのは、「① 議会の会議録」です。どの議案についてどのように話し合いが行われているのかなどが、よく分かります。
「③ 議会だより」にも、議案や質問が要約して掲載されており、合わせて使うことで、情報が収集しやすくなります。
また、コロナ下での実施は、ここ数年は困難だったと思いますが、市役所、市議会場の見学、さらに、模擬議会の体験はできる限り行うべきです。
なお、「ネタを探す」際には、『社会科学習指導要領』の「[第6学年] 3内容の取り扱い (1)ウ」や『解説』における説明(p.106)は、押さえておく必要があります。教科書でも教材が「選択型」で提示されていると思いますが、「取り上げる事例の範囲と配慮事項」について詳しく書かれています。
私が教材化して取り上げた市の主な事業は、「津波避難タワーの建設事業」と「小中学校へのエアコン設置事業」でした。
「エアコン設置事業」については、「社会保障」とはいささかカテゴリーが違いますが、私がこれらを教材化したのは、
1⃣ 実現までの過程が調べやすく、分かりやすいこと
2⃣ 実現を願う人々の気持ちを子供が理解しやすいこと
3⃣ 事業費の一部に国の補助金が使われていることを通して国と地方の協力体制が見えやすいこと
が、主な理由です。
2 単元をどのように展開したか
「津波避難タワーの建設事業」を教材化した時の単元展開を例として示します。
なお、単元を進める際には、国民主権とリンクさせることを常に意識していました。
(1) 問題を設定する
・市内に津波避難タワーの完成を伝える新聞記事を提示し、まず、「いつ」「どこに」「何ができたか」を、読み取りました。
・次に、「誰が造ったのか」を、記事を読み取りながら考えました。「市」あるいは「市長」のようですが、はっきりしません。「市、市長とは?その役割は何か」が問題として設定されました。「市長」が誰かすら知らない子もいますし、「市」と呼んでいる<もの>の概念は、実は子供にとって難しいものです(だから、市庁舎の見学や模擬議会への参加をお勧めします。この時は、この時間のハテナをきっかけにして「市役所に見学に行こう!」となりました。実際は予め見学計画を教師サイドで立てて準備は進めてありましたが)。
・さらに、「なぜ造ったのか」「造ることがどのようにして決められたのか(市や市長が勝手に決めたのか)」も、問題として設定されました。
・ちなみに、普段から「5W1H」で新聞記事を読む学習をしていたことが、これらの問題づくりの背景にあります。
(2) 問題に対して予想➡調べる
・ここでは、上記①~⑦の資料はまだ提示しません。子供たちは、主に教科書(こういう時に「資料」として使えば有効です)や市からいただいた市議会の仕組みのパンフレットなどを用いて調べました。
・市長や市議会議員は市民が投票で選ぶこと、市長は市民の願いを聞き、市民のために働くこと、市議会も市民の願いを聞き、まちづくりの進め方を決めること、市民の願いを伝えるために「請願・陳情」という方法もあることなどなどが分かってきました。
・「津波避難タワーは、市民の命を守るために造ったようだ。津波の時に命を守る施設がほしいという市民の願いを聞いて、造ることを議会で話し合って決めたようだ。」という結論を、ひとまず出しました。
しかし、まだまだ抽象的です。ここからが開発した教材の本領発揮です。
(3)問題を絞る
・「市や市長、市議会議員は本当に市民の願いをかなえるための話合いを議会でしているのか」を、議事録などを使って調べました。議事録は膨大な量ですので、私が関連する場所を抜粋し編集して子供に提示しました。その結果、例えば、ある議員が数度に渡って津波避難タワーの早期着工を求める市民の声を示して訴えたり、市の担当者が計画を進めていると答えたりしている場面が見つかりました。
・読み取る過程で、市民の他の要望について質疑応答をしている箇所も見つけました。
「確かに、議会では、市民の願いをかなえるための話合いをしている」ことが分かりました。「国民主権」の意味が子供たちにとって具体的になったようでした。
(4)学習を深める①
・津波避難タワーの建設費用を確かめ、どこから出されたのかを考えました。
税金の学習は既にしてあったので税金が使われたことへの理解は容易でした。
・国からも補助金が出ていることを市の資料を使って私が示し、「なぜ国からもお金が出るのか」を考えました。
(5)学習を深める②
・この学級では、子供たちから、さらに次の問いが生まれました。
「もし、市民が誰も『津波避難タワーを作ってほしい』と願っていないのに、市長が建設することにしたら、それは、国民主権になっているのかどうか」というものでした。
なかなかの討論になりました。
ある子たちは、こう言いました。
「それは、市長の勝手だ。国民主権ではない。」
それに対して、こう言う子たちもいました。
「市長は、市民が選挙で選んだのだから、その市長がすることが市民の願い
になる。」
次の意見を述べた子もいました。
「家の人は、自分の仕事をしなければならないから、代わりに政治をしてく
れる人を選挙で選んでいる。その選ばれた人が話し合って決めるんだか
ら、国民主権になっている。」
・議論はさらに続きました。
「福島の原発事故を受けて、原発再稼働に反対している人がいるのに、政府
は再稼働しようとしている。これでは国民主権とは言えないのではない
か。」
「私も、再稼働には反対だけど、このままでは電力会社の赤字が増え続ける
し、電力が足りなくなるから、再稼働は仕方がない。」
「命かお金かと聞かれたら、命を取るべき。再稼働はおかしい。国民主権で
ない。」
・そこで私は、市の中心部に歴史文化施設の建設を願う団体があり、「請願・陳情」が行われていること、しかし、議会は否決したことを資料で示し、「なぜ願いが実現されなかったと思うか」を聞きました。
「建設に反対の人もいるからだ。」と、子供たちは答えました。
そこから、原発再稼働に対しても、社会には、反対意見の人もいれば、賛成意見の人もいる事実に立ち返らせました。
「国民主権といっても、自分の願いが必ずかなうわけではないのだ」ということを理解したようでした。
そして、「そういう時に、自分の願いを実現させたい、国民主権を実現させたい(権利を行使したい)と考えたら、どういう方法があるのか」を考えることになりました。
(6)学習を広げる
・学習は、次単元の「選挙」に発展していくことになるのですが、その前に、本単元のまとめとして、願いを実現する他の方法があることを調べました。
市ではパブリックコメント(意見公募手続)を実施していることや、その具体的な事実を過去の意見募集結果から読み取りました。
・また、街頭での呼び掛けや署名活動もあることも経験や資料から調べました。
以上、抽象的で形式的になりがちな地方自治の学習づくりのヒントになれば幸いです。