伊勢物語 第七段 伊勢・尾張
むかし 男がいた。
都に居づらくなって、東国へ行ったが、伊勢の国と尾張の国の間の海辺を行く時に、浪がとても白く立つのを見て
いとどしく すぎゆくかたの こひしきに うらやましくも かへるなみかな
(さらに一層過ぎてきた方が恋しいのに、うらやましくも 帰る浪であることだ)
となあ、詠んだそうだ。
もうずいぶん前のことになるが、秋に研究会で名古屋に行った。
一人で行動するのはいつもなのに、そのとき不思議な時間を過ごした。
翌日に現地踏査をひかえて、夕暮れ、熱田神宮に出かけた。
古地図で見たとき、熱田神宮のあるはずの辺りがほぼ海辺であるのに驚いた。また、名古屋は伏流水に恵まれ、昔はもっと川や水路が多かったということだった。
大阪の沖積ペースと同じだったら、中古・中世の熱田は海の中だったのでは。そういえば、七里の渡し跡というのも熱田神宮の近くにある。
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熱田神宮の境内には人が多かったのに、神宮の森をいったん出てしまうと、あまりひと気がなく、秋の夕暮れの街に、まるで、一人でいるかのようだった。
そして、日が暮れて駅の上の寂れた薄暗いスーパーでへんな時間につまらない買い物をしたとき、突然、こんな生活をこれからするのかなあ、侘しい・・・という妙な予感に捕らわれた。
実際それから数ヶ月後にそういう生活になったのだが、
妙なことに、そのときは全くこれから先どうする等の決意どころか思案もしていなかったし、元々、一人暮らししていたとき、あまり侘しいと思ったことがなく、むしろ自由な時間を楽しんできたので、自分にそういう感興が湧くこと自体、不思議だった。
ただ、予感だけがそこにあった。
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さて、この段で、男は、都に居づらくなって、新天地を求めて出かけて行ったのに、目的地に着く前すでに、過ぎ行く方が恋しい、という。
伊勢・尾張はちょうど「だ・じゃの松」のように、言葉も習慣もこのあたりが関西と東国の分かれ目になる。
元の場所や人々への恋しさ、そして、目的地への期待よりもよその国への不安のほうが大きいのだろう。
目的地に期待や楽しみが待っているのなら、返る浪にまでうらやましいという気持ちなど起こるだろうか。
浪の縁語で浦、返る。返ると裏も縁語。
新天地への気持ちもひる返った(翻った)のか。
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え?後悔するなら、出てこなきゃ良かったのにって?
ま、そこはいろいろ事情があるんですね。