『ヨドバシカメラ吉祥寺店』人生万景
建物を出ると、先輩と、先輩の子供・Yくんとバッタリ会いました。ゆっくり話がしたいなあ、と思っていたので驚きました。
先輩と僕は挨拶もそこそこに、それぞれ腕時計に目を落としました。僕はそのとき予定がありましたが、明日にズラすこともできるような予定でした。ただ、明日にズラすとバタバタしてしまうので今日の内に処理しておきたい用事でした。日も暮れかけていたので、先輩も早く家に帰りたいような顔をしていました。
こうもバッタリ会うと、話でもしなさい、と神様が言っているような気がしました。
「すごくない? こうやってバッタリ会うのもお互い10秒出るの違ってたら会わないからね」と先輩はYくんに言いました。同時にそれは僕にも言っているようで、また、僕の気持ちでもありました。
先輩は、修理に出していた電動アシスト自転車を家電量販店に受け取りに行くところでした。ついでに違う階にあるおもちゃ売り場で《お父さんに付いてきた特権》としてちょっとしたおもちゃをYくんに買ってあげるようなことを先輩は言っていました。
僕もついていくことにしました。
Yくんがどのおもちゃを買うのか選ぶまで、先輩はベンチで休みたいと駄々をこねました。なので、その間は僕が子守り係りになりました。
Yくんは、妖怪ウォッチのプラモデルをさがしているようでしたが中々見つかりません。既に歩いた通路を3回くらい歩きましたが見つかりません。店員さんに訊けばすぐなのに、と思いながらYくんの背中を追いかけていましたが、迷いながらも見つけ出すこともおもちゃ屋の醍醐味だと思い、それに付き合うことにしました。
「まっちゃん(僕の本名)もなんか買ってもらおうよ」と無邪気に叫ぶYくんのTシャツの胸元から傷跡が見えました。転んでできたような傷ではなく、手術によってできたような傷でした。
Yくんは産まれてすぐに手術を受けたことを先輩から聞いたことがありました。こうやって実際にYくんの傷跡を目にするのは僕は初めてでした。
近いうちに、二度目の手術を控えているそうです。この話は先月先輩から聞きました。
これから生きていく上で手術をしないといけないことはYくんも理解をしているそうです。
Yくんは手術に向けて、精密検査を最近受けたそうです。
僕も小学生のときに、大きな病院で手術を受け、数週間入院生活をし、夏休みを潰したことがありました。だから気持ちは解ります、とは言えません。僕の下腹部にある人差し指くらいのメスの傷跡とは比べものにならない手術だと思います。大手術だと思います。
いま、どんな気持ちなのか、Yくん本人に訊いてみたい気もしたのですが、無神経に訊ける質問でもないですし、おもちゃ屋ですし、やめておくことにしました。
Yくんは恐怖や不安に負けないように、毎日少しずつ覚悟を決めている最中かもしれません。
僕は見守ることにしました。
Yくんは僕にとって親戚みたいな存在です。会う度に、だんだんと大人に近づいているのがわかります。人の子の成長は速いといいますが。本当にそう感じます。
Yくんが大きくなるにつれて僕は嬉しくなります。中学生、高校生になったYくんと会うのも楽しみです。そのときは思春期でうまく話をしてくれなくなっているかもしれません。でも、それも楽しみです。
もっと大人になって、社会に出て、一人で僕を訪ねてくることがあれば、そんな幸せなことはないと思います。
「まっちゃん(僕の本名)さん、お父さんってどんな人だったんですか? 」と長い話になるかもしれません。そんなときは、二人で夜のジンギスカンでも食べに行こうと思います。
「まっちゃん(僕の本)さん、今日会ったことはお父さんには内緒にしておいてもらえませんか?」とお願いされたら、僕は背中で返事をしたいと思います。
その背中をYくんが大人になるまでに作りたいと思います。それに合うナウいトレンチコートも買わないとです。一億円が入るようなアタッシュケースもあったほうがダンディかもしれません。髪の毛はどうしたらいいでしょうか。やはりポマードでしょうか。鼻の下のヒゲはドイツ人みたいな濃いやつをイメージしています。立ち去るとき用に葉巻も一本用意しておいたほうがいいかもしれません。普段、僕は煙草をやらないので、葉巻を吸い込んだときに咳き込まないようにしないとです。
とにかく、背中です。背中で語れるようになるには多くの時間がかかりそうです。
だからYくんにはゆっくり大人になってもらわないとです。
とりあえず、いまはただの猫背です