春巻き記念日
何歳になっても初めてというものはあるものだ。
今日は私が人生で初めて春巻きを作った春巻き記念日である。
Instagramである日たまたま見かけた春巻き。
その薄茶色の四角形をみてからというもの、パリッとした皮からどろっとした豚肉としゃきしゃきとした筍が溢れ出る食感を思い出し、頭から離れなくなった。
お店の春巻きではなく、昔家で食べたあの春巻きが食べたかった。
普段料理は手軽なものしかしない。食べる時間より作る時間が長いと、虚しくなるからだ。
だから春巻きなんてものは作ったことはもちろんない。
しかし、これを機に作ってみることにした。
作り方をざっと調べ、意外と簡単そうじゃんと息巻いたのも束の間、やり出すとやはり面倒な作業であった。
まず、材料の準備から手間取った。
干し椎茸は水で戻すのに30分もかかるのかと落胆。もっと前に水につけておけば良かったと後悔。
初めて扱う春雨は、茹でてから水でしめるらしい。鍋を使うのか。洗い物が増えるなあ。
生姜はすりおろす。おろし器も出さねばならない。
ニラは4センチほどにカット。
豚こま肉も刻むらしかったが、肉を触るのが嫌だったので、そのままいくという横暴ぶり。
とりあえずは下準備を終え、それらを炒めた。
味付けは醤油、オイスターソース、鶏がらスープの素なのか。レシピを見て初めてあの味の正体を知る。
炒め終え、やっとたねができるというわけだ。
ここから包む作業に入るわけだが、餃子よりは数が少ないし楽勝だろうという考えは甘かった。
春巻きの皮を取り出す際、一枚一枚千切れないようにはがしとることにこれまた手間がかかる。包み方は簡単だが、タネをどれくらいの量ずつ入れていくかは、コツが必要だった。
一つ目はタネが少なすぎて、細い棒状の形になった。二つ目はタネが多すぎて、太い四角形になった。悪戦苦闘しているうちに、10個包み終えた。
揚げ物も普段しないため、パチパチと飛び散る油に怯えながら、おずおずと薄く油を敷いたフライパンに歪な包みを並べていく。
とりあえずは様子見と、揚げている間に洗い物をしていたら、フライパンの真ん中においた包みは、すでにこんがりを通り越して黒くなりかけていた。慌ててひっくり返す。
気が付いたらすでに時計は2周していた。
春巻き、平日仕事終わりに作るにはなかなかヘビィだ。
高校生くらいだっただろうか。おばあちゃんがもやし入りの春巻きを作ったことを思い出した。
私はもやしが苦手だ。他の人は何の特徴もないと口を揃えて言うもやしだが、私には土や水臭さの中に苦味を感じてどうも好きになれなかった。
おばあちゃんは、私が嫌いなものを私に悟られないようにおかずに忍ばせるのが趣味のようだった。
これまた苦手なピーマンを、これでもかというくらい細かく刻んでチャーハンに混ぜ込んできたりする。
かくなる上はもやし入り春巻きだ。
普段はもやしを春巻きに入れないのに、その日は入れていた。
もやしが包み隠されているとは知らない私は、こんがり焼き目色の綺麗に並べられた均等な四角形の春巻きを一つとり、大きな口でほおばる。確かに春巻きだが、どこかいつもと違う風味を感じる。苦手な土臭い苦味がどこからともなく漂う。その苦味に身に覚えがある名探偵は声を荒げた。
「おばあちゃん、これ、もやし入れたでしょ!!」
私は眉を顰めながら言うと、おばあちゃんはイタズラがバレてしまった子供のように笑って
「ええ、すごい!よく分かったね!」と屈託なく言った。
あのときは、ただただ春巻きに嫌いなもやしを入れられたことに憤慨していた。
私はまだまだ若く、自分のことを考えるのに手一杯だった。
だが、今こうして実際に春巻きを作り、その全行程を知ると、おばあちゃんのあのときの気持ちを考えてしまって仕方がない。
孫が嫌いな食べ物を少しでも食べられるように、献立を考えてくれていたのだろうか。孫はどんな顔で食べるだろうかとうきうきしながら作っただろうか。さすがに春巻きに入ったもやしは気付かないだろうと、得意になっていただろうか。手間暇をかけて、家族のためにどんな思いで毎日ご飯を作っているのだろうか。時間をかけて作った春巻きに、孫が怪訝な顔をしてきたら、私ならあんな風に笑えるのだろうか。
フライパンから飛び出た油が、コンロの周りを汚していく様を眺めながら、あの日の食卓が堂々巡りをしていた。
出来上がった春巻きは、とても不恰好だった。皮を突き抜け中身が飛び出していたり、大きさが全部バラバラだったり、焼き目もまちまちだったり。おばあちゃんが作ってくれた、想像していた家で食べた春巻きと、目の前のものは似ても似つかなかった。
それでも、旦那は終始「おいしい、おいしい」と言ってばくばく食べてくれた。
見かけは悪いが、味は望んでいたものになっていたらしく、私もばくばく食べた。
次は、もっとうまく作って、おばあちゃんに負けない隠し味も入れてみたいな。
茄子なんて入れたら美味しくなるかな。
食べかけの春巻きから、切らずに入れた豚肉が顔を出していた。
おばあちゃんにはまだまだ敵わなそうだ。
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