怪物と呼ぶにはスイート過ぎる
毎度お馴染みイギリス在住おま国問題、半年遅れの追っかけ映画視聴&感想メモ、今回は「怪物」です。マイノリティ&庶民の味方でお馴染み、是枝監督のずっと見たかったやつ、ようやく見れました。公開からだいぶ経ってるので大丈夫とは思いますが、割とネタバレ厳禁な映画なので、見てない方は見てから読むのをお勧めします。
意外とエンタメ
群像ザッピングものってゲームっぽくて楽しいですよね。2周目3周目を別視点で見る事で、事態の真相が見えてくる。この「カメラを止めるな」的カタルシス堪らんですな。このスタイルって羅生門型とか言うらしいです。人間も物事も多面的で、見る角度によって全然違って見える。ふとした言葉も、受ける側によって全然違って聞こえる。僕たちはこんなにもわかり合えない。コミュニケーションこわいよーとなってコミュ障増加。トレイラーでは「いじめ関連映画?」くらいに思ってたけど、蓋を開けてみればミステリー仕立てに見せかけた、なんともミニマムスイートなラブストーリーでした。なんかカンヌでクィアパルム賞取ったらしいですが、特段クィアフィルムって感じでもなかったですね。ピュア過ぎて普通にキュンキュンくるけど。
登場人物の誰も、ドス黒い悪意とかがある訳ではなく、それぞれの常識の中で、あんまり賢くないながらも幸せに生きようとしてる、みんな愛すべき「普通」の人たち。でもその「普通」が実はそれぞれみんな違うからこの世界はややこしい。しかもみんな自分は普通だと思ってて、普通の幸せを追い求めてる。そんなもの無いのに。だから普通から外れたと感じた途端にパニクってこじらせて、すれ違い連鎖していく。結果、怪物なんてどこにもいないのにピタゴラ大惨事になってしまいます。まさにどうしてこうなった。でも、あるよねーそういう事。そういうのを盛大にやらかしたバージョンが「福田村事件」みたいなやつですかね。すげー不穏な不気味ムードで始まりつつ、謎解きしていくにつれロマンティックでエモい話へと展開していく。衝撃的ドラマなんて無いのに、謎開示とどんでん返しで飽きさせません。脚本も演技も背景絵作りも良くて、予想外の計算されたエンタメっぷりにまんまと引き込まれました。
どっか噛み合わない感
さて、見終えた後で、個人的には「怪物」ってタイトル、なんかいまいちしっくりこない感じがしました。フランケン・インスパイア?ミスリード構成として理解はできるし、宣伝戦略やり易そうではあるけど、それにしては凡庸なタイトルだし、だったら「豚の脳」とかにした方が尖るだろうし。
もちろん「怪物」は最重要ワードの一つなんですが、なんか見る前からバイアスかかり過ぎちゃって、作品の本質から微妙に脱線して台無しにしちゃってる感あります。まあ視聴者にわざと偏見を持たせた上で、最後にそれを自覚させるのが狙いなので、むしろ成功してるって事なのかな。結果、レビューも「怪物だーれだ」に応えて「怪物とは⚪︎⚪︎だった」的な犯人特定で溢れ返っちゃってるし。「だからそういう単純化と定義付けが偏見を生むっつってんだろ!」という多重トラップなのかもしれません。
とはいえ、もし「悲劇のクィア・ユース・ラブストーリー」みたいなキラキラコピーで売り出されてたら目も当てられない程悲惨なので「クィアフィルムと呼ばないで」「ネタバレしないで」って前宣伝も納得です。基本的に思わせぶりトラップ祭りな映画だし、なんというか、この辺の「バズ嗅覚」は川村元気メソッドなんでしょうかね。
あと、母親パートと先生パート必要だった?て感じがしなくもなかったです。ザッピングエンタメとしては素晴らしかったし、キャラ掘り下げと偏見ネタ振りに必要だったのは分かるけど、やっぱ若干クドかったというか。役者もあそこまであからさまに演技変える?進撃のマーレ編やるなら、最後全員合流の地慣らしまでフォローアップしないと、とっ散らかったまま放り出した感が出ちゃいます。多角視点でアウフヘーベンするためには、もうちょっといい構成があったのではという気もしました。
暴かれたエモ過ぎる真相
全編通してクレバーで繊細な表現で、前半に散りばめられた伏線を片っ端から回収しつつ、そして全てが集約するラスト。ここまでに積み上がったメタファー群を読めば、最後は2人であの世行きルートが最有力ですが、もし救助されて和解大団円フィナーレとかやったとしても、2人の世界はあそこで終わったのは確実です。それを敢えて描かず、代わりにあの最高に美しい「解放された2人」のラストシーンで締めくくる。2人は「何も変わらない」まま世界側がリセットされるという、新海誠もびっくりのセカイ系エンディング。あの世だろうが別宇宙だろうが関係ない。あのラストだけで救済祝福されました。
作中繰り返し言及された「ビッグクランチ」「電車出発」「生まれ変わったら」に続く言葉は「ずっと一緒にいよう」しか無い訳で、もうエモ切な過ぎて悶絶死します。なにこれシェイクスピア?銀河鉄道つーかスタンドバイミーつーか、こないだ書いた「君たちはどう生きるか」もそうだけど、児童文学的どこまでも純粋な少年の感性が、眩しくて尊くて、おっさんはもう成す術もなく木っ端微塵にされてしまいます。
欲しいのはマイノリティ讃歌
と同時に現実的には、抽象に逃げるしかないというあの報われない悲しいラストが今の日本のマイノリティの現状という事も言える訳で、別の意味でまた切ない。この映画も、辛さ苦悩を描くにとどまり、ソリューション無し、誰も救われないし社会も変わらないという結論でした。結局対岸の火事の域を出ず、時代感的にはちょっと古いというか、いつまで問題提起フェーズやってんの感。もう悲劇とか見たくないんですけど。いつになれば日本の子供たちが余計な悩みを背負わされる事なく、自分らしく生きられる社会になるんだろう。個人的には、現状の問題を指摘するよりも明るい未来像を提示する方が創作物としての意義は大きいと思うんですが。ここがダメそこがダメみたいな後ろ向きアクションよりも、みんなが「この世界にしたい」と思う代替ロールモデルを示す方が、社会を変えるには近道だと思うのです。堂々と「クィアフィルム」と宣伝して「最高のハッピーエンディング」として語れる映画、マイノリティ讃歌が見たい。
誰にもどこか欠けた部分があって、補完される訳でもなく不完全なまま、相変わらずすれ違いながら、それでも世界は続いていく。なんだかんだ書きましたが、面白かったし好きな映画でした。特に「普通」から外れた経験がある人ほどブッ刺さる作品じゃないでしょうか。僕は「普通」である事はとっくに諦めた類の輩なので、なんか遠く懐かしい記憶のような気持ちでもありました…(遠い目)。
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