【連載小説】#3「クロス×クロス ―cross × clothes―」 異装で街へ
前回のお話(#2)はこちら
兄カップルの元を訪れた塁とミーナ。兄たちに誘われ、異装のまま東京の街へ繰り出すことになった二人はどこへ導かれるのでしょうか。続きは本編で(*^O^*)。
ミーナ
私と塁、かおりさんの三人は男女逆の服装をしている。週末の午後の人気はまばらだったが、それでも確実に人の目はある。電車に揺られながら目指す東京は、いつもよりずっと長く感じた。
というのも、私と塁は、同じく肩を並べていても人目が怖くて震えていたからだ。一方、男性カップル風のお兄さんたちは、慣れているのか、全く周囲の目を気にすることなく引っ付き合って座っている。
「……すげえよな、あの二人」
塁が不安をごまかすかのように言う。
「めっちゃ見られてんのに、平然としてるなんてさ。信じらんねえよ」
「私もそれ、思った。でも、塁は女装、初めてじゃないんでしょ?」
「馬鹿。普通、こんな格好で電車に乗るかよ。誰に会うかもわかんねーのに」
「……それもそうだね」
私だって知り合いには見られたくはない。Tシャツにはドクロマークがついてるし、ジーパンは穴だらけ。普段の私を知ってる人が見たらイメージは総崩れだろう。
そこまで考えて「待って」と自分を制する。
そもそも私は自分のイメージを変えたくてこの格好をしようと決めたんじゃなかった? なのに、どうして知り合いに見られるのを恐れているの?
――本当は変わりたくないんじゃない?
私の中の一人が鼻で笑う。変わりたいなんて口だけ。所詮、あんたは継母の言うとおりにしか生きられないのよ、と。
父が再婚したのは私が小学生に上がった頃。義母は、はじめの頃は私に好かれようとずいぶん甘やかしてくれたが、やがて自身の子を二人産むと愛情はそっちへ移り、私との距離は離れていった。そしていつの間にか「女の子なんだから○○しちゃダメ」「女の子は○○であるべき」と、弟たちとの違いを強調するようになっていった。
私はその「女の子なんだから」という言葉に違和感を抱きながらも、再び「母」に見捨てられるのが怖かったこともあり、女らしい女であろうと努力を惜しまなかった。髪もできるだけ伸ばしてきたし、女子校にも進学した。けれども、何をしても満たされなかった。
そんなとき、声をかけてくれたのが塁だった。私のさみしさに理解を示してくれた彼にだけは甘えられた。何でも言えた。結局甘えすぎて、塁や彼のお兄さんを傷つけてしまったけれど、彼らとの出会いがなければ、私はずっと満たされないまま生きていたかもしれない。
私が変わりたいと願ったのは、親から教え込まれた偏見を書き換えたいからだ。もう、男と女という区別をする時代ではない、そのことを純さんやかおりさんが教えてくれた。
停車駅から、数人の男子高校生が乗り込んできた。大きな声でしゃべりながらふざけ合っている。先に乗っていた人にぶつかったが、彼らは謝るどころかヘラヘラしている。挙げ句の果てに、その中の一人がふざけている友人たちをスマホのカメラで撮影し始めた。
「なんか……嫌だな。ああいう奴らを放っておくのって」
塁に語りかけたつもりだったが、彼はうつむいたまま知らんぷりを決め込んでいる。
周囲の人も、迷惑がっているのに誰も動こうとしない。我慢できずに立ち上がると、かおりさんも同時に動く。
「静かにしろよ! 周りの人が迷惑してるだろ!」
意図せず、男のような台詞が飛び出した。
「君たち、K高だよね? マナーがなっていないって、学校に連絡してあげようか?」
かおりさんも冷淡に言った。
男子高校生たちは舌打ちをしたり小言を言ったりして車両を移っていった。彼らが見えなくなると何人かが拍手をした。それが私たちに向けられたものだと気づいたのは、少し経ってからだった。
「格好良かったわよ、ミーナさん」
かおりさんが耳打ちをした。
「いえ、かおりさんも一緒に言ってくれたから助かりました」
「ねえ、男の格好をしていると、普段は出来ないような大胆な行動が出来ると思わない? わたしはそれが嬉しいんだ」
かおりさんはそう言って、何事もなかったかのように純さんの隣に腰を下ろしたのだった。
***
塁
終着駅に着き、ごった返すホームを抜けてからようやく東京の街に降り立つ。埼玉県に隣接する小さな区だが、埼玉の人間はここで遊ぶのが好きみたいだ。オレも時々遊びに来る。何があるわけじゃないんだけど、東京なのに垢抜けない感じがいいのかもしれない。
遊び慣れた場所。なのにオレは緊張していた。いつの間にかミーナの腕にしがみついている。見た目だけじゃなくて内面まで女になってしてしまったみたいだ。
「……怖いの? なっさけないの」
案の定、ミーナにバッサリ切り捨てられた。
「それでさっき、電車の中でもだんまり決め込んでたんだ?」
ふざけ会いながら乗車してきた連中の中に、友人がいた。学校は別だったが、中学まで少年野球チームで一緒に汗を流したやつだ。絶対に顔を、いや、この格好を見られたくなかった。だから、ミーナに飽きられてると分かっていても奴らを注意できなかった。
「あー、いや……。さっきは知り合いがいたから……。でも、兄ちゃんだって」
言い訳しても惨めなだけなのは分かってる。でも、だからってオレだけが責められるのはおかしいんじゃないか、という不公平感から兄ちゃんを巻き込む。
そこにかおりさんが加わる。
「ミーナさん。塁さんを責めるのはやめましょう。わたしたちはあの場で動くことが出来た。そういう役割を果たしたというだけのことよ」
「だけど、男だったら……」
「男性だから行動的とは限らないのよ。純さんのように、優しくて争いを嫌う人もいれば、私のように正義を振りかざしてしまう人もいる。それを、男とか女とかで語るべきではないと思う」
「かおりさん、さっすが!」
オレが感嘆の声を上げると、ミーナがじろりと睨んできた。かおりさんは再びミーナをなだめてから言う。
「まあ、あの中に知り合いがいたのなら、迷惑行為をやめるよう注意しても良かったと思うけれど、声が出ないときもあるわよね」
「うん、うん」
「何だか、納得できないなあ……」
ミーナは不服そうだった。
「まあ、終わったことはもういいじゃん。それより、行こうよ」
兄ちゃんが場をとりまとめるように言った。
「行こうって、どこへさ?」
「い・い・と・こ。うふ……」
兄ちゃんはニコニコしながらそう言うと、かおりさんの腕にぎゅっとしがみついた。腕を掴まれたかおりさんは、照れるふうでもなく「じゃ、行こうか」とオレたちを促す。
「えー……。かおりさんはそれでいいの?」
オレが問うと、「それでって、何が?」と返ってくる。
「なんか、こっから見てると兄ちゃんが……男の格好してるかおりさんだから甘えてるって言うか、かおりさんを男だと思ってるからそうしてるようにしか見えなくて」
「あー……」
かおりさんはそう言って兄ちゃんをチラリと見る。
「いいのよ、だってお互い様だもの。それに、男は甘えちゃダメ、女は甘えていいって決まりはないはずでしょう?」
「あっ……」
まだ男と女の枠に当てはめて物事を見ていることに気づかされ、ショックを受ける。かおりさんたちは、オレの知る男女観を超越している。これが「大人の恋愛」ってやつなのか……?
「男だって甘えたいんだよぉ。好きな人にはいつでもこうしていたいんだよぉ。たとえみっともないと思われたって、自分の気持ちを抑えるくらいならおれはかおりさんに甘える方を選ぶ」
「マジでー?」
こんな兄ちゃんの言葉を聞いたら、人目ばかり気にしている自分のほうが恥ずかしくなってきた。
兄ちゃんは変人のくせに、いつだって自分の生き方を貫いてる。そこが格好いいと思って真似するんだけど、おれはいっつも空回り。
野球も勉強も中途半端。今回のことだってそうだ。分かってる、おれには「自分がない」んだって。だけど、どうしたらいいのかも分からずに、真似っこすることでしか生きていけないんだ……。
☆☆☆
兄ちゃんたちにくっ付いていった先は、ビルの地下にひっそりと存在するバーだった。まだ開店には早かったが、すでに店主はおり、口を利くと快く中に通してくれた。
「あらあ。ジュンジュン、弟連れてきたの? そっくりだからすぐに分かったわ」
ミカという名の店主は今のオレと同じ格好――見るからに男だが女装――をしていて、特別な説明を受けなくてもこの店がどんな場所なのか、そしてミカさんが何者なのかはすぐに察しがついた。
「兄弟揃ってそっち系なのかと思ったけど、どうやら弟は違うみたいね。あんた、名前は?」
顔をのぞき込まれ、「塁……」とかろうじて返事をする。ミカさんは気持ち悪い笑みを浮かべていう。
「で、塁はどうして女装なんかしようと思ったわけ? アタシたちをからかうために遊びでしてるだけ? それとも、何か特別な理由があるのかしら?」
唐突にそんなことを言われ、返事に窮する。黙っていると、ミカさんが説教するみたいにいう。
「いい? あんたはそうかもしれないけど、アタシやジュンジュンやかおりは違う。本気で性と向き合っているのよ。あらがおうとしてるのよ」
「オレだって……悩んでるんだよ……」
ぽつりと言うと、少し間を置いてからミカさんはふうっと息を吐いた。
「それよ、それ。その台詞が聞きたかったの。……分かるわよ、何かに悩み迷ってることくらい。でなきゃ、普通の男として生きてきた子が女装に走るわけないもの」
「…………」
「ジュンジュンもそれに気づいているのね。だからここへ連れてきたんだわ、きっと。いいお兄さんを持って、あんたは幸せね」
「…………?」
首をかしげると、ミカさんは呆れたように笑った。
「で、ジュンジュンたちはこの子たちに見せたいものがあって来たんでしょう? お店が開くまでの間なら、ここでファッションショーをやってもいいわよ」
「ありがとう、ミカさん」
促された兄ちゃんとかおりさんは、店の奥から何やら箱を持ってきた。そしてそれぞれ上下一枚ずつ、きらびやかな服を広げて見せた。
「実はこれ、かおりさんに作ってもらった試作品。……と言っても、このまま売りに出せそうでしょう?」
「純さんったら……。服飾の勉強を始めたばかりだから、出来映えにはまだ納得できていないって言ってるのに」
かおりさんは少し照れたようにうつむいた。
兄ちゃんの説明によると、「男同士、女同士、異性同士でも一緒に楽しめる服」をコンセプトに、色やデザインにこだわり、試行錯誤しながら衣装を制作している最中なのだという。デザインはミカさんが担当らしい。完成した暁には、ネットショップで販売するのだとか。
「実はミカさん、元々デザイナーとして活躍していたんだって。でも、こっちの方が性に合ってるって言ってこの道に入ったそうなんだけど、おれたちが話を持ちかけたら、面白そうってことで協力してくれることになったんだ」
「アタシの着てる服も自分でデザインしたのよ。どう? 似合ってるでしょ?」
ミカさんは自慢げにポーズを取って見せた。
「今までは、アタシたちみたいな人間は日陰でひっそりと暮らすしかなかったけど、それはそれで特別感があって結構気に入ってたのよ。ただこれからは、男も女も、ファッションとして、それから自己表現の一つとして、異装をしたりメイクしたりする時代になると思うの。だから、ジュンジュンやかおりのやろうとしていることを、アタシは応援したいのよ」
「ふーん……」
「それはそうと、塁はもっとメイクの仕方を勉強した方がいいわね。あまりにも下手すぎて、せっかくの美人が台無しだもの」
アタシが直したげる♡ と再び顔を寄せられたので、オレは慌てて逃げ出した。みんながそれを見て大笑いする。
「かおりさん、それ、着てみてもいい?」
オレが店の隅に逃げているあいだに、ミーナがかおりさんの仕立てた服に興味を示した。
「ええ、もちろん」
ミーナはかおりさんに案内されて店の奥で着替え、戻ってきた。
男でも女でも着られる服、と言うだけあって、パンツスタイルでありながらも、所々にかわいらしさを取り入れたデザインがミーナによく合っていた。ロング丈のシャツの柄も、派手なピンクなのに嫌らしさを感じない。
「ミーナさん、スタイル抜群ね。写真映えするわ。ぜひ、撮らせて」
かおりさんは絶賛し、バッグからカメラを取り出すとあらゆる角度からミーナの姿を写真に収めた。
「オ、オレも着ていい……?」
ミーナばかりがちやほやされているのが気に入らなくて、半ば強引に割り込む。ミーナと入れ違いになって衣装を交換し、今度はオレが同じ服を着てみんなの前に出る。
一瞬の沈黙。
「ど、どう……?」
ドキドキしながら問いかけると、四人が一斉ににやりと笑った。
「メチャクチャいけてるじゃん!」
「塁さんもお似合いじゃない」
「塁、かわいいよ」
「いやーん、アタシ好み♡」
どうやらこの格好はオレが着ても似合うらしい。おれの姿もかおりさんに撮影してもらい、写真で自分の姿を確認する。みんなが言うほどイケてるかは分からないけど、少なくとも悪くはないと思った。
オレが写真を見て満足していると、端で兄ちゃんとかおりさんが何やら耳打ちをしているのが見えた。
「何、こそこそ話してんだよぉ」
オレの悪口でも言ってるのか、と思ったがそうではなかった。
「塁、モデルになってくれないかな? ミーナさんも」
「ええっ?!」
「モ、モデル? 私が……?」
オレたちは同時に声を上げた。
「今まではわたしや純さんが試着してたんだけど、お互いに容姿に自信がなくて。でも今、二人が着てくれたとき、これだって思ったのよ」
「うん。おれたちより、二人の方がずっと服のイメージアップになる」
「やってくれるわよね?」
二人に迫られ、オレとミーナは二人して顔を見合わせた。けれど、ミーナの表情を見る限り、「やりたい」というオーラが全開だった。
「塁、一緒にやろうよ。塁が一緒なら私、やるわ」
「……やっぱりそう来ますか。オレを巻き添えにしますか」
「もとはと言えば、塁が女装して私をこの世界に巻き込んだんでしょう?」
「…………」
「ね、やろうよ」
念を押されたらもう引き下がれない。
「分かったよぉ。やるよぉ……」
ミーナをからかってやろうという、軽い気持ちで兄ちゃんたちのところに連れてきたのに、いつの間にかオレが巻き込まれたみたいになってる。……まあ、いいか。別れたとはいえ、口さえ開かなきゃミーナはやっぱり見ていてきれいだ。こうなったら、徹底的にミーナの男装を楽しんでやろうじゃないか。
(続きはこちら(#4)から読めます)
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