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【連載小説】「愛のカタチ・サイドストーリー」#7 兄の死
前回のお話(#6)はこちら
病気の看病をし、純の素直な想いを聞いたかおりは、自分の気持ちに明らかな変化を感じ始めます。もしかしてこの感情は……恋? しかし揺れる思いは、一瞬にしてどん底へと突き落とされます。急展開で一気に駆け抜ける、第7話。
かおり
人を愛することについて考えていた。親からは望む愛情を受けることが出来ず、年の近い兄とも常に争っていたわたしは、なんのために生きているのか、わたしが存在する意味は何か、常に考えながら生きてきた。
わたしには、誰かを愛するという感覚が分からなかった。自分が好きという感覚さえも持っていないのに、どうして他人を愛することが出来るだろう。
けれど、純さんと話すうち、もしかしたらこれが「愛」と呼ぶものなのではないか、と思える感情が胸の中に生まれ始めている。確信は持てない。それでも、純さんといる時は心が穏やかになり、胸の中心の温かいものをそっと抱きしめたくなる。大事にしたいと思える。
なぜ、彼といる時にだけこんなふうに思えるのか。隣で安らかに寝息を立てている彼を見て、彼もわたしも、社会に溶け込めない人間だから理解し合えるのだろう、と思う。愛する対象が同性である純さんと、愛し方を知らないわたしは、この世の中では生きづらい。けれど、生きづらい者同士が寄り添えば心地よい。
ただ、そばにいて欲しい、と純さんは言った。私もそう願った。わたしたちは安らぎが欲しい。心えぐられる言葉ではなく、共感が欲しい。
理解されたい、はエゴだろうか。きっとそうなんだろう、けれどもやっぱり、この苦しみを分かって欲しい。そして、苦しんでいるわたしがここにいて、もがきながらも生きていることを知ってほしい。
この、押しつけにも似た想いを、純さんはきちんと受け止めてくれる。それはきっと、彼が自分自身と深く向き合ってきたから。そんな純さんのことをもっと知りたい。……やはりこれを、恋や愛と言うのだろうか。
純さんは程なくして回復し、以前にも増してわたしは純さんと会うようになった。旅行をしたり、互いの部屋に寝泊まりすることもあった。
寝食を共にしても、わたしたちに互いの性を意識させる行動は一切なかった。他愛ない話をし、笑い合い、悩みを打ち明けあう……。それだけの関係。それだけで満足だった。
そんな折に、兄が死んだ――。
せめて夢にくらい出てきてくれたらよかったのに、兄は何も言わずに旅立ってしまった。あの日電話で聞いたのが、本当に最期の声になってしまった。
「もう一度、喧嘩がしたかった……。透の声を、もっと聞きたかった……」
死の直後の、まだ体温の残る透に向かって語りかけるが、彼は一ミリも動かない。どれほど後悔しようが、もう取り返しはつかない。過ぎ去った時は永遠に戻っては来ないのだ。
喧嘩ばかりしていたはずなのに、兄が死んでから急に、勉強を教えてもらったことや、笑い合いながら食事をしたこと、真面目に将来について語り合った記憶なんかが蘇って泣けてきた。二度と言葉を交わすことが出来ないと分かってからでは遅いのに、どうして今になって楽しかった記憶を思い出しては涙に暮れているんだろう。
一番マシな頭を持っている人間はかおりだ、と言った兄の言葉を思い出す。兄はわたしのことを、わたしが思う以上に信頼していたのかもしれない。喧嘩するほど仲がいいとは言うけれど、わたしたちは心の奥底では互いを尊敬し、必要としていた。そう思えば、わたしの深い悲しみにも一応の理由付けが出来る。
兄のという人生の支えを失ってしまったわたしは、生きることの意味を再び見失ってしまった。祈りは届かなかった。わたしはやっぱり無力な存在なのだと言うことを改めて突きつけられたようで苦しかった。
僕の分まで生きろ、といった兄の言葉が頭の中をずっとぐるぐるしている。けれど、透の分まで生きるなんて無理。あまりにも責任が重すぎる。
誰にも会いたくなかった。ましてや純さんには。こんなわたしを見せたくないし、弱さを武器に「癒やして欲しい」だなんて甘えたくもない。だから、何度会いたいと言われても、頑なに断り続けている。わたし自身が、傷を癒やせたと思えるまで、わたしは心のドアの鍵を閉めていようと決めたのだ。
純
毎日のように会っていたから、突然の面会拒否を食らっておれは、ものすごい喪失感にさいなまれている。会えない訳は分かる。辛いのも想像がつく。だけど、こんなときこそそばにいてあげたいと思うおれの気持ちを、彼女には分かってもらえない。
一週間が経ち、もう一週が経ち……。拒まれれば拒まれるほど、会いたい気持ちは募っていく。と同時に、かおりさんが、おれの人生には欠かせない人になっていることを痛感させられる。
会いたい。でも、会えない……。
悶々とした日々が続き、一月も終わろうとしていたある晩、珍しく斗和君から電話がかかってきた。一瞬にしてときめき、楽しい会話を想像しながら電話に出る。が、「鶴見のことなんだけど」と切り出されて、浮ついた気持ちはあっという間にしぼんだ。後藤さんが、新年会を兼ねて会おうと言っても全く取り合ってもらえないので、斗和君経由で連絡してきたのだった。
「お前は何か知ってる? 結構、頻繁に会ってんだろ?」
「いや、今はおれだって会ってもらえないよ。……でも、会いたくないって言ってるなら、そっとしといてあげようよ」
「えっ、マジで? ……あいつ、大丈夫かよ……? 最近、大学生のうつ病も増えてるって言うけど、まさか……な?」
「大丈夫とは思うけど、おれも分からない……」
曖昧に返事をすると、斗和君は訝る。
「……本当に何も? ……何か隠してないか?」
「…………」
「おれとお前の仲じゃねえか。凜には黙っとくから、おれには教えてくれよ」
おれとお前の仲。その言葉にどれほどの重さがあるだろうか。おれと斗和君とでは明らかに認識が異なるだろうが、おれはその言葉を信じることしか出来ない。
「……絶対に、他言しないと約束してくれるなら」
「ああ、言わないよ。凜は今日はバイトでいねえんだ。ここにはおれ一人。だから、安心して欲しい」
「分かった。その言葉、信じるよ」
改めて電話の向こうの気配を探るが、そばに誰かがいる感じはしない。おれは呼吸を整え、こっちも一人の部屋で語り始める。
「おれも詳しいことは知らない。ただ……実のお兄さんが先日、亡くなったって……。生きてもう一度会うんだって言ってたのにそういうことになってしまったから、それで酷く落ち込んでるみたいなんだ」
「……そういうことなのか」
思ってもみなかったことを告げられた、と言った様子で斗和君はそれきり黙り込んでしまった。
「……凜にも話せないことを、お前には話すんだな」
しばらくして、斗和君がぽつりと言った。
「会いに行ってやらないの? 本当は会いたがってるんじゃないのか?」
「部屋には入れてもらえない。向こうがおれを拒んでる。会いようがないんだ」
「拒まれたら、会わないの? お前は、それでいいの?」
「……どういう、意味?」
「……お前さ、鶴見のこと好きだろ。クリスマス会に来なかったのだって、本当は二人で会ってたからじゃないのか?」
なんだか突き放されたような気がして嫌気がした。
「おれが好きなのは斗和君だ」
語気を強め、はっきりと告げたが、斗和君は疑っている。
「本当にそうなのか……? 最近のお前は、そう思い込もうとしてるみたいに見える。前みたいにぐいぐい来なくなったし、電話もよこさなくなったし」
「それは……」
忘れようと努力しているのは確かだ。だけどおれの気持ちはやっぱり斗和君に……。
「斗和君に……おれの気持ちの何が分かる!? おれがどれだけ我慢しているか、好きの気持ちに蓋をしているか、君には分かるはずもない!!」
抑えきれない感情が爆発し、意図せず大きな声が出た。そんなおれの怒りめいた想いを聞いたあとだっていうのに、斗和君は冷静にいう。
「……だっておれは、男のお前に恋愛感情なんて抱けないから、分かるはずないって言われたら、そりゃあ分からないよ。だけど、おれが凜に抱く思いと一緒なんだとしたら分かる。お前がどれだけ苦しんでるか。好きな相手に振り向いてもらえない気持ちは、おれも経験してるから分かる。
……分かるからこそ言えることもある。会えないって言われたからって、引き下がってていいのかよ? どれだけ拒まれたって、会いたいって思ったら会いに行くだろ? ……お前はそういうやつだろ?」
その言葉に、おれは嫌な予感がした。斗和君は続ける。
「……知ってるんだ、お前がおれをつけてたこと。凜には言わなかったけど、薄々気づいてた。だけど、お前の気持ちにはどうしても応えられないし、友だちでいたかったから知らないふりをしていた……。お前の気持ちは分かってるつもり。だから、不用意に傷つけたくはなかったんだ」
「…………」
「お前は傷つくのを怖がるようなやつじゃないと思ってたんだけどな。無謀な行動が出来たのは、相手がおれだから? 女の鶴見相手じゃ、出来ない理由があるのか?」
「……おれが傷つくのを怖がる? 違う、おれはこれ以上、彼女を傷つけたくないだけだ」
「お前が会いに行って鶴見が傷つくとは、おれには思えない。むしろ、傷を癒やせるとおれは思う」
「どうしておれが彼女の傷を癒やせると……?」
「本当は分かってるんじゃないのか? お前は鶴見に必要とされてるし、お前も必要としてる、って。……ただ、互いに何かのブレーキが働いてそれを認められずにいる。お前の場合はたぶん、おれへの気持ちがそうさせてる」
斗和君の言葉に混乱する。
「なら……。なら、おれはどうすればいい? 分からないんだよ、自分の気持ちが。斗和君には助けを求められない。かおりさんも殻に閉じこもったきりだ。おれに出来ることがあるとすればただ待つことくらい。それしか出来ないじゃないか」
「……もしおれがお前に恩情をかけるせいで前に進めないのだとしたら、おれは今すぐお前と絶交する」
「えっ……。そ、それは……」
本気にも思える発言に、再び動揺する。斗和君は続ける。
「お前はいいやつだ。いいやつだからこそ、幸せになって欲しいと思う。でも、お前を幸せに出来るのはおれじゃあない。おれはせいぜい友だちとして、くだらない話をしたり、はっちゃけたり、時々菓子を焼いてやったりするくらいしか出来ない。それ以上の関係にはなれない。……お前にはもっと自分を幸せにしてくれる人がいる。その一人が鶴見だとおれは思いたい」
「…………」
「心配するな、おれはお前が望む限り友だちだ。もしもおれの言ったことが完全に間違っていて、鶴見から全否定されたって言うなら、煮るなり焼くなり好きにしてくれたっていい。だから、体当たりしてこい。嘘偽りのない、お前の想いを伝えてこい」
「斗和君……」
「一つ助言しておく。女ってやつは、どんなに強がっていても優しくされたら弱い生き物だ。プライドの高い女ほど、情けはかけられたくないと思うものさ。だけど、そんなのは本心じゃない。……おれには鶴見を慰める言葉なんて思いつかないけど、純ならきっと出来る。お前ならあいつを助けられると信じてる」
「どこまで出来るか分からないけど、やれるだけやってみる。斗和君、ありがとう。君と話せて良かった」
あんなにも記憶の外に追い出したいと思っていた斗和君なのに、今はなぜか穏やかな気持ちで彼の存在を感じられる。そうか、無理に嫌いになる必要なんてなかったのだ。斗和君はおれが思っていた以上におれの気持ちをくんでくれる。おれを受容してくれる。
こんなふうにされたらますます愛情が深まってもいいような気がするのに、今のおれは彼からもらった強い自信を胸に抱き、斗和君ではない方に、かおりさんに目を向けようとしている。まるで自分じゃないみたいだけど、動き出そうとしているのは確かにおれなんだ。
「それじゃ、行ってきます」
「ああ、健闘を祈るぜ」
力強い声に後押しされ、おれは自室を出た。
(続きはこちらから(#8)読めます)
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