【連載小説】「愛のカタチ・サイドストーリー」#10 生かされる命
前回のお話(#9)はこちら
愛し合いたいと強く願った純の思いが通じた京都の旅。二人の自分探しは終わりを迎えます。いよいよ最終話です。
かおり
純さんに抱かれて、彼の心の海の深さと広さを知った。どこまでも透明で、どこまでも美しく……。それでいてわたしを飲み込むことはせず、波打ち際までそっと運んでくれる優しさを持っている。
彼という海を泳ぐうち、わたしの中に残っていた最後の淀みもきれいに洗濯されて真っ白になった。今では世界中がキラキラと輝いて見える。世界は思っていたよりずっと優しく、温かく、愛に満ちあふれている。純さんがそのことを教えてくれたのだった。
***
春休みも終わりに近づいた頃、わたしたちは久しぶりに後藤さんの生家である春日部神社を訪れた。後藤さんから「ご神木が芽吹いた」と連絡をもらったからだ。
春日部神社にはご神木があったが、数年前に落雷を受けて焼失していた。その神木からつい先日、新たな命が芽生えたのだという。
兄の魂を感じたり、純さんの身に起きたことを聞いていなければ、この木に宿る神の存在を信じることはなかっただろう。わたしたちは見えない存在や力に支えられて生きている。今のわたしはそのことを身にしみて感じている。
神木の前に後藤さんと高野君、そしてわたしたちが立つ。
「ご神木さまは、神様は、今も昔も変わらず、私たちのことをここで見守ってくださってる。私には分かる」
後藤さんは焼け落ちた大樹を見上げ、力強く言った。その脇で純さんも、「神様の命って、永遠なんだなあ」と呟く。
二人を見ていて思う。彼らは生まれながらにして心が清らか。だから一緒にいても高野君を奪い合うことはなかったのだと。きっと、高野君もそれを感じているから上手くいっているに違いない。最初は不思議に思えた三人の関係も、今ならすっと理解出来る。
「そうそう。こっちに遊びに来てくれるって言うんで、ケーキを焼いたんだ。おれが今、一番力入れてるやつ。どうしても感想が聞きたくてさ。ぜひここで食べていってくれよ」
高野君は、ずっとその手に持っていた紙箱を純さんに手渡した。
「わあ、斗和君のお菓子だ。ひさしぶりー。ありがとう」
純さんが紙箱を開いたので、一緒にのぞいてみる。そこには、まるでどこかの洋菓子店で売っているような、すべてが完璧な出来映えのショートケーキが入っていた。親切にも使い捨てのフォークまで添えてある。
「……これ、斗和君が? さっすが、料理学校で学んでるだけあって、なんていうか……すげえや」
境内の一角にあるベンチに腰掛け、膝の上にケーキを載せて食べる。おいしい、の一言に尽きる。見た目だけでなく、味もプロ顔負けだ。……でも、純さんは何か思うところがありそうだ。さっきから黙したまま食べている。
「どうかしたの?」
「……昔の方が好きだな。斗和君の菓子の味」
その一言には妙に重みがあった。
「これはおれのフィルターがかかってるせいだと思うけどね。あの頃が懐かしい、的な?……そうか。おれも斗和君も変わったんだな」
「えー、いまいちだった? 純に褒めてもらえないのは結構ショックだなあ」
高野君は肩を落とした。
「いや、うまいよ。むしろ完璧だ、って思う。ただ、以前ほどの感動がなかったっていうか」
「…………」
「どうやら、おれの味覚が変わっちゃったみたいだ。斗和君のことは今でも……友だち以上恋人未満のつもり。だけど、今のおれには斗和君よりも心を許せる人が、感動を共有できる人がいる。……そのせいなのかな」
「……そうだよな。お前にはおれよりもずっと似合いの相手がいる。なんか不思議だけど……お前がちゃんと幸せを見つけられてよかったよ」
高野君はそう言って、わたしの肩に手を置いた。言葉はなかったが、「純をよろしくな」と伝えようとしているのが分かった。わたしは力強くうなずいてそれに応えた。
人の命には限りがある。わたしと純さんの関係も、どれだけ永遠を望んでみても必ず別れのときが来る。それはどちらかの心変わりかもしれないし、死によってかもしれない。
いつかそのときが来ると分かっているからこそ、わたしは今、自分の感じたままに純さんを愛し、支えていきたいと切に思う。
「また来るわ。ここに、必ず。神木の生長を見に。そしてわたし自身も成長したと報告するために。……負けないわよ、たとえ相手が神様だってね」
「あっ、強気のかおりさんが顔を出した」
わたしの言葉に純さんがすぐに反応した。
「わたしの本質は変わらないわ。これもわたしの一部分。この脳と身体から逃れられないのなら、一生付き合っていこうって、今は思ってる」
「うん、そうだね。おれもこの心と体のアンバランスを感じながら生きてく。……だから時々、いい男を目で追いかけちゃっても許してね」
「…………! 気移りされないように頑張るわ……!」
「うわっ、鶴見のやつ、架空の男にライバル心燃やしてるよ……。やっぱ、純とうまくやっていける女は違うなぁ」
高野君が妙に納得する横で、後藤さんが私と純さんを交互にみて言う。
「……えっ? もしかして、二人って付き合ってるの? だって橋本は同性愛者で……。えっ、いつからいつから?」
「はぁー、これだから凜は……。勘がいいんだか悪いんだか、分かりゃしない……」
そういえば、後藤さんにはわたしたちの関係をちゃんと伝えていなかった。相変わらずの天然キャラぶりに、思わず純さんと顔を見合わせて笑う。そして、こんな穏やかなひとときを大切にしたいと思う。当たり前ほどもろく、壊れやすいものだから。
「あれっ、鶴見さん。お日様に照らされて、まるで神様に祝福されてるみたい!」
後藤さんに言われてみてみると、確かにわたしにだけ木漏れ日が当たっていた。わたしはまぶたを閉じた。そして春の陽を、木々を、神や精霊の存在を感じた。
わたしは、わたしに関わるすべての存在に生かされていると知る。もし、兄の分も生きる定めなのだとすれば、わたしにはたっぷり時間がある。世界中を旅したり、純さんと思う存分語り合ったり……。やりたいことがたくさんある。一度きりしかない人生。やり残しのないよう、悔いなく生きようと改めて誓う。
「あー、なんか腹減らねえ? 昼飯食いに行こうぜ」
高野君がお腹を押さえながら言った。
「それなら私は斗和に作って欲しいな。せっかく鶴見さんたちが来てるんだし」
後藤さんが手を挙げて提案した。
「えっ?!」
高野君は声を裏返した。
「おれもそっちがいいな。なんたって、プロを目指してる斗和君だもん。お手並み拝見っと」
「わたしも賛成だわ」
「……ぅええっ?! なんでそうなるっ?! って言うか、何食べるよ?!」
「シェフに、お・ま・か・せ♡」
困惑する高野君をさらに困らせるかのように純さんが言う。後藤さんとわたしも首を縦に振ってうなずく。
「……わかったよ! 作るって! その前に材料調達してこないと……。えー、何作ろっかなあ……」
高野君は弱り顔だが、どうやらスイッチが入ったようだ。真剣にメニューと材料を考え始めている。それを見てわたしたちも自然と笑顔になる。
(透。見ている? 生きていれば辛いこともあるけれど、楽しいことも同じだけあるのよ。……わたし、今とっても幸せ。わたしに命を託したのなら、この幸せが長く続くように見守っていてね。)
天を仰ぐと、神社の木々の葉がそよそよと揺れた。まるで透が「見守っているよ」と語りかけているかのように。
――end――
「愛のカタチ・サイドストーリー」はこれでおしまいです。
💖最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました💖
執筆後記、一気読み(完結版)は順次、投稿予定です。
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