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SS【山に導かれ】後編1485文字
人一人が収まるくらいのいい感じの空間がある。
ここに決めた。
ぼくはそう思った。
急斜面でつかまる場所も少ないので、もう戻るのは厳しいだろう。
ぼくはさっそくバックパックから薬のビンを取り出そうとしてハッとした。
穴の奥にある大きな岩だと思っていたものが動いたのだ。
同時にそこに居たカギ爪のようなクチバシを持った鳥がものすごい勢いで穴から飛び去っていった。
岩だと思っていたのは朽ちかけた遺体だった。
鳥は屍肉をついばんでいたのだろう。
遺体のそばに置いてあった携帯電話は土や水をかぶり変色している。
助けを求めたのか?
最後に誰かと連絡を取ろうとしたのか?
そもそもこんな場所で電波は届くのか?
なぜこんな急斜面にある穴の中が最後の居場所になったのか?
滑落したのか?
色々な疑問が頭をよぎった。
穴の中に荷物は見当たらない。
滑落した時に落としたのか、あるいは最初から持ってこなかったのか、携帯電話だけが残っていて、ぼくはそれを見つめていた。
その時、突然ぼくの携帯の着信音が鳴った。
一応電波は通じるらしい。
固定電話からで番号に見覚えはない。
ふだん知らない番号からは出ないぼくだが、その時は何となく出なければならないような気がした。
「もしもし」
「あ、ツヨシのお友達の小林くん?」
「ええ」
ぼくはすぐに電話の相手をさとった。
ずっと音信不通になっていた山男である友人の母親だ。
何度か自宅におじゃましたことがあって、声に聞き覚えがあった。
「突然ごめんね。ツヨシの部屋を整理してたらあなたの連絡先が書いたメモを見つけたから」
「ツヨシがどうかしたんですか? ずっと連絡が取れなくて」
「知らないのも無理はないよね。半年前にあの子、山で薬を大量に飲んで自殺しちゃったのよ。死因も死因だし葬儀は身内だけで済ませたんだけど、今日ぐうぜんあなたの連絡先を見つけてね、遅くなっちゃったけど知らせておこうと思って。急にごめんね」
「そうですか・・・・・・ちなみにどこの山で亡くなられたんですか?」
「あなたとよく登ってた紫炎岳よ」
「紫炎岳のどの辺か分かりますか?」
「頂上まであと少しの場所みたい。頂上近くの登山道から急な斜面を少し降りた辺りって聞いてるわ。私は体力がないから登ってないのよ」
「そうですか。分かりました。わざわざ連絡ありがとうございます」
驚くことにぼくが電話を切ると、ついさっきまであったはずの遺体と携帯は消えていて、穴の中に陽の光が射しこんでいた。
まるで、お前は生きろとでもいうように。
ぼくは死に場所を自分で決めたつもりだった。
でも本当は彼が、闇に向かうぼくを救うために導いていた。
すでに無いはずの自分の屍を見せつけて、こうなってはいけないと、ぼくにメッセージを送っていたのかもしれない。
何よりこの広大で険しい山の中で、同じ死に場所を選ぶなんて考えにくい。
ぼくはなんとか登山道に復帰し、陽が落ちないうちに下山した。
後から知ったことだが、ぼくが彼のお母さんから電話を受けた場所は、電波の届かないエリアだったようだ。
数日後、ぼくは彼のお母さんと連絡を取って自宅に線香をあげにいった。
彼が命を断つ前にもう一度再会できていたなら、こんなことにはならなかっただろうか?
いや、過去を悔やんでもやり直しはきかない。
今のぼくにできることは、最後まで生き抜こうという意志を彼に見せること。
数日後、ぼくは職業安定所へ向かうため玄関の扉を開けた。
外へ出ると降りそそぐ陽の光は無く、まるでぼくの心境を映し出すように、空はどんよりとして今にも泣き出しそうだ。
それでもぼくは歩き続ける。
彼を、そしてぼく自身を裏切らないために。
ぼくは生きる。
終
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