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SS【あやかしの池】


十年ぶりだろうか。

ぼくは何度も登ったことのある険しい山へとやってきた。

目的は登頂ではない。

あの場所にもう一度訪れたかったからだ。



かつて下山中にルートを外れた。

迷った末にグラウンドほどの広さの池にたどり着いた。

水は透き通り水底までハッキリと見える。

水深は背の高い大人ならなんとか顔が出せるくらい。

驚いたことに、池の真ん中辺りの水底に、下へ降りる階段が見えた。


暑い時期だったこともあり、ぼくは冷たそうな池の水に手をつけた。

それから先のことはよく思い出せない。

引きこまれるように池の中に沈み、誰かに導かれながら階段を降りていった。

気がつくとぼくは、全身ずぶ濡れで自宅の前に戻っていた。


それから山の中にある池のことを調べてみたが、どこにも池の存在について書かれてはおらず、誰一人知る者もいなかった。

だからこうしてまた訪れたのだ。


登山道でも獣道でもない。

ただ、この先に道があるような雰囲気のある場所を探した。

進もうとすると行き止まりだと気づいて大抵の人はすぐに引き返すであろう場所。

けれども実は行き止まりではなく、実際に進むと行けてしまう。


ぼくは当時、足場の悪い沢登りや険しい山道を歩き続けたことによる疲労と、慣れからくる油断から、気づくはずのないルートを偶然見つけてしまった。

しかしあの時のルートがどうしても思い出せないし、見つけることができない。

おそらく木々の成長や雨によって、入り口の景観が変わってしまったせいだろう。

かといって遭難する危険もかえりみず、むやみやたらにルートを外れて調べるわけにもいかない。


ぼくは暗くなる前に諦めて帰宅した。

夜になり、ぼくはウイスキーをストレートでちびちびと飲みながら考えていた。

奥さんにその話をしても「危ないから行かないで」と言うし、間違っても自分も一緒に探すなんて言わなかった。


結局いつまで経っても山の中にあった幻の池にたどり着くルートは謎のままだった。


ぼくはふいに、今まで気にしていなかった、いや、なぜか忘れていたもう一つの謎を思い出した。

ぼくは一体どこで奥さんと知り合ったのだろうか?

なぜそんなことが思い出せないのだろうか?

ありえない。


ぼくは思いきって奥さんに聞いてみた。

すると奥さんは、薄らと不気味な笑みを浮かべてこう答えた。


「あの山で亡くなった人間はね、山の中をさまよい最後はみんなあの池に引きずりこまれてしまうの。階段の先に潜むあやかしに魂を取り込まれてしまうわ。取り込まれたら最後、永遠に幻影の中をさまよい続ける」


「君はいったい・・・・・・?」


「私? 私はただのコレクターよ、魂のね。あなたが見つけたのは進めば滑落する死のルート。あなたはあの山で死んだの」


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