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SS【はじめての川キャンプ】


ある夏の日の夜のことです。

私がそろそろ寝ようかと部屋の明かりを消すと、ちょうどお父さんが仕事を終えて帰ってきました。

社会の底辺を支えるのは大変そうです。



数時間後、私は物音で目が覚めました。

隣の部屋のお父さんは明日の支度をしているようです。

先日、今度の休みは一人で川キャンプを楽しむんだと言っていました。

すっかり目が冴えてしまった私は、お父さんが何を準備しているのか見に行きました。


「なあにそれ?」


「ああこれか、スキットルさ」


スキットルはウイスキーやブランデーのようなアルコール度数の高い蒸留酒を入れる金属製の小さな容器です。

容量はコップ一杯程度ですが、少量ずつしか飲まないような強いお酒を持ち歩くには丁度いい大きさです。

薬を飲むための水を入れて持ち歩く人もいるようです。

お父さんは小さな小さなジョウゴを使って銀色のスキットルにウイスキーを注いでいます。明日の寝酒にするのでしょうか。


お父さんは部屋の真ん中にテントを張りました。もうそれだけで部屋はいっぱいです。

人生初めての川キャンプだと言っていたので、予行演習みたいなものでしょうか。

外のようにテントを固定するわけにはいきませんが、テントの中にマットを敷いて寝袋もセットしています。

お父さんはテント内にソーラーランタンを吊るすと、机の上のパソコンを指差して私に言いました。


「再生ボタンを押して部屋の明かりを消してくれ。冷房は消さなくていい」


私が再生ボタンをクリックすると、パソコンからは水の流れる音が聞こえてきます。

部屋の明かりを消すと、明るすぎないランタンの光がいい雰囲気を出しています。

何やらキャンプらしくなってきました。と、同時に私は嫌な予感がしました。

寝袋にもぐろうとしたお父さんは、何かを思い出したかのようにテントから這い出してくると、「いかん、忘れてた」と言って、ある装置のスイッチを入れました。

部屋の中で楽しめるプラネタリウムです。

天井は一瞬で満点の星が輝く夜空に変わりました。

お父さんは夜空を眺めながら、テントの前で先ほどスキットルに注いだウイスキーをチビチビと飲み始めました。

近くには川が流れています。いえ、そんな感じの音がお父さんのパソコンから聞こえてきます。


翌朝、川べりに張ったテントの前に、眉間にシワを寄せたお母さんが立ちはだかりました。


「部屋の中でこんなもの出さないでよ!! ちょっと!! エアコンつけっぱなしじゃないの!!」


お父さんはヒモを引っ張ると温まる加熱式の焼き肉弁当を食べながら、お母さんと目は合わせずにうなずいています。


「休みなんだから外でやってきてよ!!」と怒るお母さんに、お父さんは小声で返しました。


「だって虫嫌いだもん」


こうしてお父さんの川キャンプは幕を閉じました。


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