仏の心で
私のnoteは、お気に入りの詩や、言葉の記録として始めたのだけど
気になるテーマでの募集が目についたので書いてみる。
タイトルの「仏の心」は数年前にやっていた
某不動産会社の社内ヘルプデスク業務で大事にしていた言葉だ。
今回のこのテーマで久しぶりに思い出した。
その業務というのが、某不動産会社社員からの
PC操作サポートや、AD権限管理やらのヘルプデスクで
部署によっては私達ヘルプデスクに対し暴言に近い言葉を吐く社員もいた。
立場的に相手はお客様なので、何を言われても冷静に対処しなければならず
私はなるべく
仏の心をもって接しよう
と業務に向き合っていた。
ただ、仏の顔も三度までとはよく言ったもので
どうにもならない要求をしてくるユーザには
冷たく対応してしまったこともある。
ちなみにこの「仏の顔も三度まで」の本来の意味は
とか
という意味。
仏の心で、と思っていても
にんげんだもの。仏じゃないし。
いくら心がけてても、仏の境地にたどり着くには、
私はまだまだだな…と思った。
そして数年後その業務は引き上げとなり、その後数年間の業務の中で
感情を一定に保てるよう
怒りが発生しても、その場で言葉や態度には出さず、少し待ち
それでもだめなら、思っていることをPCで一心不乱にテキスト(メモ帳とか)を打ちこむ
相手にムカついてしまってどうしようもない時は
「人間として生きるの初めてだもんね、やり方わからないよね」
「私が手を下さなくても、天罰が下る」
と、相手を見下すやり方なのでお勧めはできないけど
これらのやり方で、表向きは感情をあまり出さないように仕事に向き合ってきた。
そうしている内に、優しいキャラというイメージがついてしまい
長い付き合いのある友人からは「(聖母)マリアなの!?」とまでいわれた。
私は絶対そこまでいっていない。
先に書いたように、相手を見下すことで、自分の感情をセーブしてたので
性格は悪いほうの部類だと思う。
そして、マリアと言えば、昨日観た映画「ひみつのなっちゃん」を思い出した。
どんなストーリーかは公式サイトとかで確認してほしいのだけど
(ちょっとネタバレ含みます)
ストーリー後半で、亡くなったなっちゃんの母の
やさしい秘密が垣間見えるシーンがある。
そこまで笑えるシーンが多かっただけに、そのシーンは
母の大きな愛というのをたった数分のシーンで感じ、涙が出た。
なっちゃんの母こそ聖母マリアだと思う。
話が逸れたが、相手を見下して感情を保つなんて、良くないと思うので
このテーマのおかげで思い出した「仏の心」を心がけて
今後も仕事に向き合いたいと思う。