ファイナンス系実務に役立つ書籍 ~現役IR担当者のおススメ~
財務モデリング、企業分析、決算書の読み解き――似ているようで、それぞれアプローチに違いがあります。今回は、ファイナンス系の実務に役立つ書籍をピックアップして紹介します。
商学系の学部生やMBAに通う社会人の方など、ファイナンスの基本を学習したい方に参考になればと思います。
会計・ファイナンスのリテラシーを高める
❶企業分析シナリオ | 西山 茂
実務的な視点から企業比較分析のスキルを深めたい方に最適。本書では同じ業種の複数企業を並べて比較する手法が取られており、業界や市場を俯瞰する力を養う上で実用的です。例えば資生堂とエスティローダーの比較分析が20ページにわたって展開されており、ROEや回転率といった定量的な指標だけでなく、ブランド戦略などの定性的な要素まで掘り下げています。
証券アナリスト試験など資格試験の副読本としても、この一冊で必要十分な理解を得られます。
❷戦略思考で読み解く 経営分析入門 | 大津 広一
単なる経営指標の解説に留まらず、有価証券報告書を活用した具体的なモデルケースが豊富に紹介されています。例えば売上総利益率の解説では任天堂の事例を用い、四半期ごとの製品ミックスや地域別の変化が粗利にどう影響するかを深堀りしています。また、全体を通してアサヒビールを一貫して分析することで、体系的かつ多角的に学べる点も効果的です。
日経新聞を活用した企業分析の手法など、広く経営分析する職種の方にも最適です。元バークレイズの株式アナリストだけあって、用語が洗練されており読み物としても秀逸。❶で紹介した『企業分析シナリオ』より難易度やや高め。
❸企業価値評価 入門編 | 鈴木 一功
IR担当者として必要なコーポレート・ファイナンスとDCFの基礎がこの一冊で学習できます。
前半では、DCFを理解するための理論的背景としてMM理論や節税効果、最適資本構成、レバードベータなどを取り扱います。DCF以外の企業価値評価手法についても、ストックとフロー、企業価値と株主価値といった観点で整理されており、それぞれの特徴や適用シーンを理解できます。
後半では、実在の企業データ(モスフード)を用いたDCFモデリングとなります。予測財務諸表の作成、予測NOPATや再投資額、資本コストの算出から、最終的な企業価値の算定までのプロセスを、具体的な手順を追って学べます。ROICや成長率の分析を通じてバリュードライバーを特定するアプローチも実務的。
財務諸表の基本的なリテラシーが前提となるため、自信がない場合は『財務3表一体理解法』などで基礎を固めてからを推奨します。
❹CFOポリシー | 柳 良平
CFOが果たすべき役割を中心に、財務戦略の3つの柱である「ROEマネジメント」「投資採択基準」「最適資本構成」を詳細に解説しています。非財務資本が企業価値に与える影響を分析した「柳モデル」やインパクト加重会計についても触れ、サステナビリティの重要性を示しています。10年以上にわたり世界の100人以上の長期投資家を対象に行われた定期調査アンケートも付加価値の高い情報です。
コーポレート・ファイナンスの知識や投資業界の知見が求められる難易度の高い構成ですが、その分、得られるインサイトは非常に実践的です。CFOを目指す方や企業価値向上をミッションとするビジネスリーダーにおすすめします。
❺財務3表一体理解法 | 國貞 克則
数あるファイナンス初級者向け書籍の中でも、特におすすめしたい一冊です。「漆器販売の副業」を例に、一つ一つの取引を財務3表で確認していくユニークな手法を採用。簿記の仕訳を省き、財務3表のつながりを直感的に理解できます。
後半では、回転率などの経営指標やPL・BSを「操作」できてしまう方法も解説されており、実務にも生かせる内容となっています。
【番外編①】「財務3表のつながり」で見えてくる会計の勘所 | 國貞克則
『財務3表一体理解法』を難しく感じた方へ。内容はそのままに、図表が豊富で説明が簡潔になり、まさに「基本のさらに前の基本」から学びたいビギナーにぴったりの内容です。大学受験で例えるなら「白チャート」。この本を「面白い」と感じられれば、次のステップへ自然と進めるでしょう。
【番外編②】簿記から始めたい方へ
決算書の前にまずは簿記から入門したいという方には、ふくしままさゆきさんのYouTubeチャンネルもおすすめです。会計に苦手意識がある方でも、これで克服できること間違いなしです。
IR担当者が知るべきファイナンスと投資の視点
❻CFO思考 | 徳成旨亮
元三菱フィナンシャルグループCFOで、現ニコンCFOが語るCFOの本質。「日本企業の未来を切り開くために必要なもの」として、CFOに求められる「アニマルスピリッツ=実現したいことへの非合理なまでの熱意」を力強く提唱しています。
「金庫番思考」と「CFO思考」の違い、モルガン・スタンレーへの出資を決断したMUFG経営陣のアニマルスピリッツ、アクティビストを究極の投資家とみなす視点、会計や税務におけるアニマルスピリッツの実例など、多岐にわたるテーマが展開されます。これらに興味を持つ方には心に響くこと、間違いなしです。CFOとしての実体験に基づく解説と抜群の説明力に引き込まれます。
❼バリュエーションの教科書 | 森生 明
企業価値評価の入口をノックしたい人にお勧めしたい書籍です。著者はNHKドラマ『ハゲタカ』の監修を務めた方でもあります。DCFの基本から、リアルオプションやシナリオ分析の応用まで、具体例を交えながら平易な表現で解説。
例えばM&Aでの買収価格の決定や新規事業の投資判断の際に、どのようにリスクとリターンを見積もるかが明快に説明されています。特に、公式や理論の背景にある「なぜそうなるのか」を掘り下げており、ファイナンスの基礎を学びたい初学者にも、理論を深く理解したい中級者にも役立つ内容です。
❽教養としての投資 | 奥野 一成
『投資』を知らなければ あなたは一生 『奴隷』のままだ。(裏表紙より)
経営者や資本家にただこき使われる「労働者1.0」ではなく、自ら考え、自らの能力を武器にして稼ぐ「労働者2.0」を目指していこう。その鍵となるのは「投資家マインド」を持つこと、という内容です。投資の本質とは、自分が働くのではなく、投資先に働いてもらい、そこから得られた収益の一部を分配してもらう仕組みを理解すること。
高校や大学の教養課程で本書に出会えていたら、その後の人生の選択肢を大きく広げてくれただろうなと思える本です。
❾物語で読み解くデリバティブ入門 | 森平 爽一郎
江戸や明治時代の歴史上の出来事や日常生活の事例をもとに、先物やオプション取引といったデリバティブの仕組みを学べます。堂島米取引、将軍吉宗、遠山の金さん、福沢諭吉などの歴史的人物が登場し、一気に引き込まれます。
著者のユーモアに富む比喩が秀逸です。コールオプションを「強奪する権利」、プットオプションを「押し売りする権利」とし、盗難保険とは「失ったものを保険会社に押し売りできる権利を買うこと」と表現。また、先物取引において将来価格をいま確定させる仕組みを、ドラえもんの「タイムマシン」に乗り、乗車賃として「金利」を払う、と表現。
資格試験の副読本、または純粋な読み物としてもお勧めです。
お読みいただきありがとうございました。
こちらのマガジンでIR実務に役立つノウハウをまとめています。
ぜひご参照ください。