展覧会レポ:「FATHOM—塩田千春、金沢寿美、ソー・ソウエン」展。夢の世界に入り込むインスタレーション体験とは?
【約2,500文字、写真10枚】
昔から暗いところが怖い。子どものころは、眠るのも不安だった。だが、もうオジサンだ。勇気を出して、悪夢の世界へ。ご一緒にいかがですか?
新聞紙のドローイング
それが新聞紙でできていると理解するまでには、しばらくの時間を要した。会場に入ると、右奥にあるのだが、すぐに目が行く。黒くて、デッカイ渦のようだ。
10Bの鉛筆(!?)を使って新聞紙を黒く塗りつぶしたドローイング。額に入っているわけではなく、むき出しの展示。顔を近づけると、鉛筆の芯の匂いがモワッと広がる。
新聞をひたすら塗りつぶしたシンプルなアート。芯に使われる黒鉛が嗅覚を刺激してくる。
プライベートな話題で恐縮だが、眠る前に新聞をよむ習慣がある。頭がぼんやりしてくるので、どこを読んでいるのか分からなくなる(ちなみに、いつもぼんやりしているわけではない)。
このアートは、私と社会の「間」にある世界を描いているのだろうか。
作者の金沢さんは「初めて新聞紙を鉛筆で塗りつぶしたとき、肉眼では見えない星までもが見えてくるような感覚に襲われました。それはまるで、現実の社会と眼の前にある日常にとらわれてみえなくなっていた想像という無限の時間軸が立ち現れてくるようでした」と語る¹。
他人の呼吸音がただよう
なんだろう、寝息だろうか。息つぎが聴こえてくる。
映し出されているのは、おヘソ。むき出しのコードはまるでヘソの緒だ。よくみると、画面に映されたおヘソは微かに動いている。
つまりは、おヘソを見ながら、「いびき」を聞くインスタレーション。
こんなところで、私は一体なにをしているんだ。
作者の言葉には、「断絶・分断と引き換えに始まった呼吸によって、世界に開かれながら生を継続する『わたしたち』自身を映し出す。」¹とある。わかったような気がする。
でも、なぜ、おヘソなんだ!?
お母さんと繋がっていた名残りがおヘソだろう。眠っているような息遣い。私も同じ呼吸ペースになる。深い呼吸。落ち着くなあ。
そうか、ソー・ソーエンさんに眠らされたか!
胎内へ
額へ手をやると、脂汗が浮いていた。ここには入らず出ようかと迷う。前にも言ったが、私はオジサンだ。ここで出ることなどできまい。いざっ
他の会場より天井が低いのか。洞窟に入るイメージだ。しかも血が滴っておる。流れ落ちる赤い紐には、夢に関する手紙が引っかかっている。お化け屋敷の怖さではなく、起きながら観てしまう悪夢に近いか。
こっそり他人の手紙を読んでしまったような、ドキドキ感。
かわいい手紙をつい読んでしまう。
塩田作品のイメージは、「今は使われていないもの」だろうか。
ふーむ。自分の使われていない脳ミソが働かず、底に埋まっていく。
赤い紐に触れてしまう。作品に触れるのは駄目だ。ごめんなさい。うっ、背中も当たる。狭くて、無理じゃない?
もしかして、もしかすると、ここは母親の胎内なのか。と、光だ。
明るくなった!
歩いて奥へ進むと、外の光が入りこむ。
「天ケ池に向けて大きく開いたガラス面から差し込む自然光や大学の日常風景を感じながら、文字通り、夢と現実が交錯する濃密な作品世界を体感することができる。」¹
「怖い」がアート?
クリストファー・ノーラン監督の映画「インセプション」(2010)みたいに、日中なのに、どこにいるのかわからなくなる。
夢の中に入る「ファンタジーな雰囲気」。怖さがあって、不安もあって、光もみえる。
子どものころ、高知の実家に帰省した塩田さんは、お墓参りで怖い体験をしたという。「~そこはまだ土葬の風習があったので、お参りすると、ご先祖様がまだ土の中で生きているような気がしてならなかったんです。墓地に生えた草を抜く時にもすごく怖くて。~」⁴
自分がみた夢(悪夢)を記録して、数年後に読み返したら、この展覧会を追体験できるんじゃないだろうかと、ぼんやり考えた。
だが、それこそが現代アートなのだろう。美術評論家の故・南嶌宏さんは塩田作品を評して「~夜の歩行者の無防備にして究極の自己防衛本能の発露として、人間存在を最終的に死守する、アートの根源的な存在理由のひとつを突き付けるものであった。」³と述べておられる。
今日の展示は、新聞を読みながら眠ってしまい、胎内へ。光がみえたので、外へ、生まれでたきた。
「『現在地』を体感していただけたら~」²。
よーし、赤ちゃんの気持ちを忘れず、生き直すぞ。
おやつタイム
会場近くにお店は何もない(ごめんなさい)ので、地下鉄を乗り換えるときにパン屋さんSIZUYA【志津屋】で購入。
(※右のカルネは、京都人のソウルフードです)
ソース:
¹:作品展示リスト「FATHOM」ー塩田千春、金沢寿美、ソー・ソウエン
²:フライヤー「FATHOM」ー塩田千春、金沢寿美、ソー・ソウエン
³:南嶌宏『最後の場所 現代美術、真に歓喜に値するもの』月曜社、2017
⁴:功刀知子『美術家たちの学生時代』芸術新聞社、2022
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