#391 システムの中に本当の「幸せ」はあるのか?

 私たちは皆、幸せに生きたいと思っている。そして幸せに生きるための唯一の方法は学び続けることである。公教育は、一人ひとりが幸せな人生を生きるツールとしての「学び」を様々な文脈において提供することである。これは私個人の思想です。

 ここで大事なのは「幸せ」をどう定義するのか。それは一人ひとりの考え方や思考によるから、普遍性は存在しない。だからこそ、自分が本当に得たい幸せを人生の中で都度見つけていくことが大切なのだと考えています。

 一方、私たちが生きる社会は幸せの基準なるものを提示してくる。資本主義社会で生きる私たちは、それなりに経済力を求めるし、他者との関係性における地位や名誉、権力を求めているのかもしれない。社会システムはある意味では、私たちの価値観を縛り、自分の「幸せ」の箱を決める性質を持っていると言えます。

 『あなたも「主体的」に「社畜」になっている…「新しい資本主義」の巧妙な罠』という記事を見つけました。

 記事の中では、生産高に比例して賃金も上昇する生産性インデックス賃金という仕組みで有名なフォーディズムを紹介。労働者が「自らの意思によって」、システムに取り込まれていくことの危険性を語っています。

 学校教育の中の大切な学びの1つに「キャリアデザイン」があります。それは自分の進路ややりたい職業を考えることを通じて、自分の資質や能力、得意不得意、やりたいことなどを見つけること。キャリア教育の本質とはつまり「自分の幸せのありよう」を探すことと同義であるのです。

 システムの中に自分の幸せが組み込まれてしまえば、それはアヘン的な要素をもち、結果して個人やその社会全体を中毒状態にさせてしまうのです。

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