#358 私たちはきっと、「彼」や「彼女」の2通りしかない代名詞の中で語られるような狭い世界で生きてはいない
人は常に「変化」の中で生きていきます。変化は自分自身の年齢環境といった自分の身近にあるものから、社会システムや価値観など多岐にわたる。私たちが当たり前だと思う価値観は、それまでの「変化」が安定期に入っていることを示し、今私たちが目の当たりにしている「変化」は過渡期であると言える。過渡期とはその変化がまだ不安定である時期。その過程においては矛盾やダブルスタンダードが共存することになります。その変化の中で人はそのトピックに過度に敏感になることもあるでしょう。
私は昔から忘れ物が多く、ものをなくし、(自分が面白いと思わない)人の話を聞くことができませんでした。ルールという言葉が嫌いだったし、権威というものに強い嫌悪感を抱く人間でした。時代が進み、世の中に発達障害という言葉が認知され始めたころ、私は軽度の「ADHD」と診断されました。自分の特性で損をしたことはたくさんあるし、多くの人から今でいう誹謗・中傷を受けたこともあります。しかし、ADHDは私の一つの個性。その個性と共存していくしか道は残されていません。友人は、信頼関係を基盤として、時に私の特性を弄りますが、それは私自身が彼らから敬意を持って接してもらっているという安心感があるから。
タレント・はるな愛さんの記事を見つけました。
はるな愛さんは、マルチな才能を発揮し、テレビでお茶の間に人気者に。同性愛ということをキャラクターにしつつ、LGBTQに関する様々な発信をしてきたそう。特定の性的指向のみが良しとされていた時代、彼女の存在は性に対する多様性を訴えてきた一人だと言えるでしょう。一方、はるなさんは、自分がLGBTQに関する発信をし、世間が認知することで思わぬ副作用があったとも語っています。
私は以前の職場で上司に、自分がADHDだと伝えた時、その上司が非常に困惑したことを覚えています。ADHDであるという事実は変わらないけれど、それは私の一部にすぎない。もちろんADHDの特性を理解してもらえることは非常にありがたいけれど、逆にその病名を私という人間の出発点にして欲しくない。ADHDという診断があるひとは世の中には数多くいるでしょうが、しかし、私という人間は一人しかいないのです。
インタビューの聞き手である田中さんの「では、セクシュアルマイノリティの方とわかり合うためには、どうしたらいいんでしょうか?」という問いに対して、はるな愛さんは『まずは、「その人自身」を知ろうとしてみてください。』と答えています。
私たちはきっと、「彼」や「彼女」の2通りしかない代名詞の中で語られるような狭い世界で生きてはいない。私は私、そう思うのです。
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