★それぞれが確かめ、求め。⑥
「初めまして」
我が家のテーブルで、お母さんの真ん前に座る男。私の目の前にいたのは、全く知らないあいつじゃない男。
誰。
誰。あんた誰。あいつはどこにいった。
あいつとの最後が終わってから、数週間は、よくわかんないけど色んな気持ちがうまれた。期待?や不安や、悲しみとかもう、色々。
私が学校に行ってる間、今日はお母さんあいつと会ってるのかなって考えたり。いつになったら会えるんだろうかって。色々妄想もした。でも、1か月辺りが経つと、もう夢物語だったのかなって思ってきた。
と、同時に「だったら不倫するなよ」って怒りもある。変わらない日々。期待した何か。お父さんは相変わらずで。お父さんの気分次第の生活が終わるかもしれないって思わせておいて。
あいつとお母さんは終わっても、私は終わりがわからない。いつまでもわからないまま。あいつに連絡を取ろうとも思ったけど、怖くて出来なかった。反対に、あいつからの連絡はない。あいつにとって、本当にあの日が最後なんだなって思う。そこは覚悟いらないんだけどな…。
もう諦めた。もういいよ。バカ。知らないで過ごしてればよかった。たまたま見なきゃよかった。結局、あいつ怖気づいたんだろ。お母さんも。
でも、まだ期待してる自分がいて、でも、そうなったら不安も沢山あって。どの道が正解なのか、わからない。
とりあえず、「だったら不倫するなよ」の気持ちが強い。
でも、一番バカなのは、私。お母さんを助けてあげたい。でも、怖くて動けない私が、一番バカなんだ。結局逃げてるのは私なんだ。
私の期待が無くならなかったのは、でも、もしかしたら、あの時に…って、思いがあったから。でも、それには時間が経ちすぎる。でも、でも、もうその時しか、あいつに会えるチャンスはないと思ってる。それまで、お母さんとあいつが計画を進めてるんだと。そう、思った。でも、同時に不安も込み上げる。なんて言われるんだろう。「美香子、会わせたい人がいるの」って?そこからどんどん進んでいくのかな。わからない。やっぱり怖い。
そして、何か月後に、その時がきた。私とお母さんが沢山一緒にいられる時間。私の大好きな時間。でも、同時に、それを思う私は悪い子なのかなって思う。
それは、お父さんの定期入院の期間。数日間だけど。この数日間は、お母さんと買い物に行ったり、夜遅くま家で好きなことが出来る。他にも…。でも、面会は必ず行かないといけない。決まりではないけど、何でお父さんが怒るかわかないから。
入院の理由は詳しくはわからない。何かを交換するんだってお母さんが昔言ってた気がする。死ぬわけじゃないし、心配することはないよって言ってた。
お父さんはいつも通り早めに入院の準備をする。
「何か欲しいのない?」
心配してるんだよってアピールするために、とりあえず聞いてみた。
「ないよ」
お決まりのセリフ。
「わかった」
「いいから、勉強しなさい」
「はい」
そして私はリビングから出た。
あいつ来るのかな。まだなの?まだ、お母さんは何も言わないの?もう入院しちゃうよ。入院したらあっという間に戻ってくる。時間が無いよ。お母さんは何を考えてるんだろ。毎日毎日が沢山のもやの中でドキドキしては、過ぎていく。
お父さんの入院を間近にむかえ、学校から帰ってきて、いつも通り、リビングのドアを開けた。
「ただいま」
「お?」
テーブルの椅子に座っているお母さんが真っ先に視界に入った。でも、声はお母さんからじゃないし、もっと低い。
「君が美香子ちゃんか!」
え。お母さんの反対側に座る男がいた。
「初めまして」
え、だ、誰。
あいつじゃない知らない男がいた。
「あ、驚くよね(笑)がははは(笑)」
男は口を開けて笑う。私はドアの前に立ちすくんだまま。
「美香子、紹介するね」
お母さんのその言葉に、
ドクリっとした。
え、。え?
「いや、笑い事じゃないか。ん~」
男は反省しているが、何に反省しているのかわからない。
待って、その先を言わないで。待って。
数秒の出来事が、ものすごく長く感じた。
待って。お母さん!!!!!!
「いいよ。由奈さん、俺から言うさ」
「そうですか?すみません…」
言うな、言うな言うな。
「もう、謝ってばかりだな~(笑)気にするなってば~!」
言うな。怖い、言うな。怖い、こいつなの?え、誰。
「美香子ちゃん、俺、お父さんのお兄ちゃんの、たけし。わかるかな?お父さんのお兄ちゃんね?」
――お父さんの、お兄ちゃん??
「驚くのも無理ないよな。今まで知らなかったんだから」
「とりあえず、お母さんの隣においで美香子」
お母さんが立ち上がり、私の手をつかむ。温かい手の温もりを感じた。
椅子に座って、初めて、男をしっかりと見る。あいつより、年上そうで、かっこよくはない。顔は大きいけど、体は細いというか普通というか。あいつほど筋肉は無さそう。
――この人が、私のお父さんになるの??あいつはどうなったんだ?
「美香子ちゃん、よかったら、おじさんって呼んでね。あ、たけしでもいいけどさ(笑)」
「美香子、黙っててごめんね。お父さんにはお兄さんがいたの」
いや、別にどうでもいいよ。そんなこと。
「しょうがないよ。連絡先も消されちゃったし、あいつ俺のこと隠したかったんだろ?美香子ちゃんが俺のこと言いだしたらヤバくない?」
どうでもいいって。どういう状況なの?また、私だけ置いてけぼり?
「んで、なんでおじさんが来たかって言うと…」
ドクリッ
「ほら、お父さんが入院するでしょ?入院ってね、誰かのサインが必要なんだよ。名前を書くのさ。私が入院を協力しますみたいなさ?…って、説明下手過ぎる(笑)がははは。由奈さんが言った方がいいかもな(笑)」
だから、何なの?だから何?肝心なところを誰も言ってくれない。ドキドキが止まらない。
「今までは由奈さんが名前を書いてたのさ。でも、今回からは俺が書くことになったんだ。あ、俺が家に来たこととか、全部あいつには内緒ね。絶対に」
二人で内緒に計画を進めてる?それはあいつなんじゃなかったの?
「美香子ちゃん、わかった?」
え、何を。ここで「うん」って言っていいのかな。
「俺のことは全部内緒ね?」
この雰囲気、逆らえない。
「…は、い」
内緒にすればいいのね。
「ま、結局あいつが入院すればバレるんだけどさ」
「たけしさん、すみません。本当に…」
お母さんが謝る意味が分からない。バレたらヤバいんじゃないの?
「いいっていいって!ほんと、俺の方こそ今まで連絡もしないで悪かった」
「いえ、そんなことは…」
「これから忙しくなるぞ~。頑張らないとな」
何が忙しくなるの?
「あ、でも、まだ美香子の気持ちが…」
「お。そうだったな。その為に来たんだった。勝手に俺の中で話進めてた(笑)ごめんごめん」
私の気持ち?どっちの話?どっち?怖い。もう決断しないといけないの?怖い。でも、これが最後のチャンス。どうしよう。二人の中では、もう答えが出てるのがムカつく。私に断る時間なんてあるの?てか、あいつじゃないの?
「ねえ、美香子、急にごめんね。あのね」
お母さんが私を見る。怖い。何、何、何。何っ。
「お父さんとお別れして、お母さんと二人で暮らさない?」
え?
「美香子がお父さんに会いたければ、時間作るわ。寂しい思いはさせない。お母さん頑張るから。美香子がお父さんといたいなら、それでもいいんだよ」
確かなのは、そうか、あいつとは終わったのか。あいつはいないのか。フラれたのか。
答えを求められてるのに、私の口は動かない。どうして?望んでたんじゃないの?泣きながら、あいつに言ったじゃん。
そうか、あいついないのか。あいつじゃないのか。だから、私に連絡もくれなかったんだ。
「由奈さん、言い方が優しいよ。美香子ちゃんももう理解できる年齢じゃん?言っていいと思うよ。時間もないしさ」
どっちの話かと思ったけど、そっちだけか。でも、本当に別れるんだ。お父さんと。でも、そこにあいつはいないのか。いて欲しいわけじゃないけど。
「そ、そうですね…」
「美香子ちゃん、あのね、お母さんはお父さんと離婚したいんだよ」
わかってるわ!わかってるよ!てか、知ってたし!あいつとの予想だけど。知ってたから、ずっとずっと、苦しくて、期待して、不安で。
こんな時になんでかあいつの顔が浮かぶ。
「そんで、美香子ちゃんと二人で暮らしたいんだ」
ねえ、この人は、そこにいないのね?あとから来ないよね?
「おじさんは、離婚の手伝いに来たんだ。お父さんから、由奈さんも、美香子ちゃんも守るから、大丈夫だよ」
離婚の手伝い…。
「美香子、ごめんね。急な話でびっくるするよね。ゆっくりでいいから、考えて欲しいの」
――ゆっくり??
「ゆっくりって何?時間なんてないじゃん」
私は思わず声に出していた。あいつと同じようなことを言って。
「そ、そうだけど…」
お母さんが黙る。これって、私の気持ち考えられてるの?時間ないじゃん。いや、時間はあった。でも、急に本当になって、急に選択しろって言われても困る。ここで断ったら?あいつの意見は?あいつは最後なんて言ったの?
「確かに時間はないわな。でも、美香子ちゃんが決めていいんだよ」
は?男の言葉もムカつく。俺はわかってますみたいな。
あれ、私、お母さんと暮らしたいんじゃなかったの?なんで、素直になれないの?
「いいよ。お母さんの好きにすればいいよ!」
私は怒鳴って、部屋を出た。
「美香子っ」
お母さんの声が後ろから聞こえた。
自分の部屋のドアを閉めて、ドアに寄り掛かる。心臓がバクバクする。自分の気持ちが分からない。どうしよう、ムカついて怒っちゃったけど、今更戻れないし。このまま、離婚になるのかな。うまく離婚出来るのかな。お父さん寂しくないかな。あいつはこれまで、どんな気持ちだったんだろう。
お父さんが邪魔なんでしょ?うんって言えばいいのに。でも、喜べないよ。どうしよう。本当にこの時が来た。どうしよう。どうしよう。誰にも相談できない。泣きそうになってきた。友達とも別れるのかな。いじめられる?分かんない。分かんないよ。
リビングのドアが開く音がした。
――ここに来る!
急いで布団に入った。
トントン。部屋のドアをノックされた。良いとも、嫌だとも言えない。
「美香子ちゃん入るよ?」
男の方だ。「来ないで!」って叫べない。
ぎいってドアが開く。そして閉まる。布団に潜り込んだ私には、音しか聞こえない。
「あのさ、美香子ちゃんが急に困るのも分かるよ」
また、そんなことか。でも、私に選ぶ権利がないことも分かってるくせに。
「急に俺が来て、びっくりだし、離婚の話にもなって、混乱するよな」
あんたはお父さんの代わりになるの?それも教えて欲しい。
「もしね、迷ってるんだったら、言いにくいなら、俺からお願いがあるんだ」
何?お願い?何?
「あいつ、あ、…お父さんの為にも、離婚してくれないかな」
――え。
「ごめんな。ずっと俺知らなかったんだ。あいつがこんなんだってこと。ごめんな。由奈さんと会ったのだって、1度だけでさ。その時に怒ったんだけど、まさか、ここまでしてたとはさ、思わなかったんだ」
もう、謝ってばかりで、嫌になる。みんな謝れば許されるとでも思ってんの?
「お父さんにチャンスをあげたいんだ。このままここで暮らしても、あいつは変わらない。俺はあいつを連れて実家に帰りたいんだ。あいつは、、あ、お父さんはもうわからないんだと思う。お父さんも、もうやめたいって思ってると思うんだ」
――お父さんの為??何、それ。
「お父さんのことは大丈夫だから。美香子ちゃんは、どうしたいか考えて欲しいんだ。離婚前提で話を進めたいかな。俺はね」
離婚前提…。お父さんの為に。はっきり、そう言われると、なんだか嫌な気持ちが少し楽になった気がした。
「お父さんはしたくないのに、してるの?」
布団越しに声を出した。今、そこが一番わからない。したくないのにするってどういうこと?しなければいいのに。
「うん。きっと、もう優しく出来なんだよ。今更って感じじゃないかな?それか、そうすることで感情を表現してるのか…」
男は悩んでいるような声だった。男が言ったことの後半はわからないけど、「今更」ってところは分かる気もする。さっきの私もそうだったし。
「私たちがいるから、私たちのせいなの?」
「いや、そうじゃない。一番悪いのはあいつだよ。他の人と結婚してもあーなったんじゃないかな」
よく分からない。でも、お父さんも苦しかったの?あんなにひどいことしておいて、自分も苦しいとか意味が分からない。したくないとかズルい。でも、やめたいきっかけが欲しかったの?やめたかったの?お父さん。
「話が変わるけど、俺はさ、しばらく近くのホテルに泊まるから。何かあったら、すぐ来れるから、安心してね。あ、でもさっきも言ったけど、いること内緒ね?」
「来たら、バレちゃうよ」
ふいに、言い返してみた。そういえば、あいつも似たようなこと言ってたな。でも、もう私たちを守るのはこの人なんだ。
「う~ん、まあね。なんで呼んだんだってなるよね。ま、俺の前ならあいつは何もしないはず」
お父さんが何もしない日なんてそんなにないから、入院前に呼ぶことになりそうだけど。
「だからさ…」
男は一旦間を置いた。
「離婚前提でお願いしたいんだ。ごめんな。美香子ちゃんの気持ち聞いといてさ。矛盾してるよな~」
本当だよ。まさか、お願いされるなんて思ってなかった…。でも、なんだろ、この気持ち、少し楽になったのは確か。
「じゃあ、俺はそろそろ行くね。お母さんと二人にもなりたいだろうしさ」
えっ。行っちゃうの?って思わず思った。どういう意味で思ったのかは分からない。布団から出たいけど、出にくい。私は黙ることしか出来なった。
しばらく沈黙が続き、部屋のドアが開いた。そして、優しく閉まった。
その後、男は本当に帰るようで、お母さんと廊下で会話しながら、玄関のドアを開けて出て行った。
ど、どうしよう。まずこの状況…。お母さんが部屋に入ってくるのか、来ないのか。と思ったら、お母さんはリビングに行った。なんだよ、入って来てくれれば…。でも、急がないとお父さんが帰ってくる。迷ってる場合じゃない。
――でも、お父さんとお母さんが離婚したら、もう急がなくていいんだよね?あいつはどうだか分かんないけど、お母さんは待ってくれるよね。
お腹も空いたし、私は勇気を出してリビングに行った。
お母さんはキッチンにいた。
「美香子、今日はカレーにしたわ。もう食べる?」
いつも通り話しかけてくれて、正直ホッとした。
「うん。食べる。ルー大盛りで」
「わかったわ」
お母さんに背中を向けて座った。…けど、それが逆に気まずかった。失敗した。カレーが来るまでの数秒間だけだけど、気まずい…。
「はい。どうぞ」
「うん、いただきます」
と言っても、お母さんと目と目が合う位置に向き合っても、結局は気まずい。
――あいつのこと聞きたいな。ってすごく思う。もう終わったなら、聞いてもいいんじゃないかって思う。あいつの最後の言葉とか、反応とか聞きたい。でも、聞けない。お母さんも、あんまり話してくれなさそうだし。やっぱり、不倫はいけないことなのかな。
「ごめんね、急だったわよね。おじさんのこと…も」
…食欲が落ちそうだけど、ここはちゃんと話さなくちゃ。って思った。「…も」の先について。カレーは相変わらず美味しいな。少しの癒し。
「あの人に、離婚してほしいって言われた」
「え?たけしさん、そう言ったの?」
お母さんは初耳みたいだ。困ったような表情をしてる。
「うん。二人で実家に帰りたいんだって」
お父さんが苦しんでるとか、本当はあんなことしたくないとかの話はしなかった。お母さんの前で、そういう話はしにくい。自分は逃げてる身だし、お母さんだって思い出したくないだろうし。
「お母さんも本当は離婚したいんでしょ?」
ちゃんと話しながらも、私の視線のほとんどはカレーに向けてる。正直、見るところがわからなくて困ってる。
この質問が、お母さんを困らせることはわかってる。でも、事実だし、そうなんでしょ?
お母さんは何も言わなかった。言えないのかな。
「…美香子を自由にしたいの」
カレーの中のじゃがいもをスプーンでつついてたら、お母さんの声がした。
「もっと、テレビも見て欲しい。友達と出かけて欲しい。もちろん夜中まで遊んだら危ないし、お金のことで美香子に貧しい思いをさせるかもしれない。友達の目も気になるだろうし。色々不安もあるけど、無理にいい子でいて欲しくないの。怯えてのいい子の美香子は、お母さん見たくない。ごめんね、離婚しか思いつかなかった。お母さんダメね、ごめんね…」
お母さんの目から涙がこぼれた。
そんなことないよ。って言いたいのになんでだろ、言えない。そんなことないよ。お母さん。そんなことない。
「…謝らなくて大丈夫だよ」
やっと言葉が出た。
その後、二人とも無言だった。でも現実は変わらないから、食べ終えて部屋に戻った。いつも通りの大盛りカレーが、今日は少し胃が重い。
勉強机の椅子に座る。
あの人、おじさんだけは、離婚してほしいって言ってた。なんだろ、その言葉に少し気が楽になったんだよね。なんでだろう。
大人だけで物事が進められるのが嫌だった。私は子どもだから決定権なくて、そのことが嫌であいつのこと確かめたのに。でも迷って、悩んで、答えが出せないまま。
でも、大人は決断しないといけない。ってお母さんとおじさんを見て思った。さっきの話だと、お母さんも同じように色んなことで悩んでたんだなってわかった。きっと私みたいにあーだこーだ不安になったと思う。あのお母さんだもん、何も考えてない訳がない。未来が見えないのはお母さんも一緒。あいつだって、不安だって言ってた。大人も、色んな所が私と一緒で不安なんだ。でも、私と違うのは、迷ってられないってこと。決断しないといけないんだってこと。
あいつが言ってた。私は子どものままでいた方がいいって。これは、大人がしなくちゃいけないことなんだって。
私はずっと、決断を出せないと思う。子どもだからかな。でも、それでいいんだって、あいつは言ってくれた。だから、おじさんにお願いされた時、気持ちが楽になったのかも。誰かの為だと思えば、気が楽になるもん。離婚を選んでいいんだって思える。それに、あんたのせいで選んだのよって言えるし。…ズルいのは私かもしれない。
そっか。そうか。あいつ良いこと言ってたんだな。でも、あいつはもういなんだよな。
それでも、あいつに言ったことは本音でしょ?――お母さんと二人で暮らしたい。あいつのことばかり考えちゃったけど、それが私の本音。お父さんが何もしないならこのままでもいいかも。って言うのも本音。
だから、私は選べない。でも、お願いされたから「うん」って言える。お母さんが勇気を出して出した決断だから「うん」って言える。ただそれだけ。
お父さんは何て言うんだろう。お父さんが嫌だって言ったら、それも「うん」ってなるのかな。なると思う。もう何もしないんだったら、私は「うん」って言うと思う。
大人って大変なんだな。私がいなければ、お母さん、悩まずに済んだのかな。わかんない。とにかく、すごい、大変なんだな、大人って。よく決断したなって思う。
なんかさ、あいついい奴だったかもね。ちょっとだけ、顔忘れてきたけど。
疲れた。なんか、一気に疲れた。でも、お母さんはまだドキドキしてるんだよね。おじさんも。たとえ、私が答えを出しても、みんなその先もドキドキだよね。離婚って簡単じゃないだろうし。どれが正解なんて、お母さんも分からないよね。
私の中にあるもやもやはまだまだ沢山ある。でも、あるのに、気持ちがどんどん落ち着いて、楽になってきた。私は私なりに頑張った。諦めではない。
最初は、遊びで不倫してるのかって思った。さっきまでは、不倫でお父さんの交換こだと思ってたけど、違うんだね。お母さんも不安、おじさんも悩んでて、今日それを知った。そのことを考える時間はあったはずなのに。ちゃんと考えてないのは私。いつまでも答えが出せないのが私。置いてけぼりになんかされてない。
そして、そんな私は私でいいって言ってくれたのは、不倫相手のあいつ。
――お父さんの入院まであと数日。
~続く~
<あとがき>
美香子の言葉の中には、「でも」がよく使われています。作者として、こが一番気づいて欲しいところかもしれません。