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60歳で生まれて初めてのピアスを開けた、私の母。
年齢の話ではなく、私の母は若い。気持ちも若けりゃ見た目も若い。
今も飲食関係の店で若者と一緒に働いているし、ちゃきちゃきしていて、歩くスピードなんかも私よりも速い。もう随分前から年齢を教えてくれず、はっきりした年はよくわからなくなっているのだが、60歳を迎えてから数年は経っている。
そんな母が人生初のピアスを開けたのは、60代になってからだった。
「ピアスってどこで開けたん?」
母がある日、突然そう聞いてきた。私は確か大学に入学した頃、ピアスを開けた記憶。市販のピアッサーで友達に「パチン」とやってもらったのだ。
「え?友達に開けてもらったで。なんで?」
「ピアスつけたいな~と思って」
「お~!良いやん!穴を開けてくれるクリニックとかあるし、調べてみるわ」
そう伝えた後に、クリニックを調べHPのURLをLINEで送ったところ、『Good!』とスタンプの返信。
その2日後に予約をして、無事ピアスの穴を開けることに成功した。60代になってからのピアスデビュー。
次に母に会った時には、「ちょっと痛い」なんて言いながらピアスを見せてくれ、晴れやかな表情をしていたのを覚えている。
年齢を重ねるにつれて似合うものも変わってくる。大人女性が顔周りを華やかにするためにピアスはすごく効果的だし、そんな母を素敵だなと思った。いくつになっても、新しいことをする姿は魅力的だ。
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それから数年経った、つい先日、ピアスの話になった。
「そういえばピアスってまだつけてるん?」
「つけてるで。休みの日はつけてないけどな」
「あれって、そういえばなんで開けようと思ったん?」
「あ~あれは……〇〇ちゃん(弟)の手術があったからな。私も手術しようと思って(笑)。……っていうのは冗談やけど、色々しんどかったから、自分へのご褒美みたいな気持ちもあってん」
私の弟は進行性の難病で障がいを持っている。
詳細は省くが、数年前に弟がより暮らしやすくなるため、とある手術をした。ピアスを開けたのは、そのタイミングだったのか……。
愛する息子(母は弟を溺愛している)が毎日を過ごしやすくなるように、母はいつも気を配っている。そこにあるのは義務感ではなく、ただただ大きな愛情、「してあげたい」という想いだけ。少なくとも私からはそう見えている。要介護の弟に対して、今も子育て真っ最中のような雰囲気で接する母を、単純に「すごいな」と思う。
父を亡くしてもう10年以上経つ。その分、母一人で決めなくてはいけないことも増えただろう。いつも明るい母にも、当たり前ではあるが、色んな葛藤や苦悩があるのだ。
小さい頃に見えていた母は、『親』として圧倒的な存在で、揺るぎないものだったように思う。しかし、成長して自分が大人になることで、「親も一人の人間なんだ」と当たり前のことに気づく。迷い悩むこともあれば、間違うことだってある。完璧な『親』なんて、どこにもいない。
どんなことが起きても、愚痴や文句は言いながらも、基本前向きな母。そう見せているだけで、後ろ向きな瞬間もいっぱいあったんだろう。数々の困難を乗り越え、葛藤を見せず、60になってピアスの穴を開けるなんてかっこ良い。私もそんなおばあちゃんになれるかな。
何事にもとらわれず軽やかに、自分のご機嫌は自分でとって、毎日を過ごそう。母が若々しすぎて忘れがちになるけど、ずっとそのままでいられる訳もないのだ。老いは誰しもに必ず訪れる。私もいざという時しっかり支えになれるように、まずは自分の人生をしっかり生きよう。
母のピアスを見ながら、そんなことを考えさせられた。
私も60代になってもピアスを楽しみ、新しいことをどんどん始める、そんなおばあちゃんになりたいなぁと思う。