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“実ほど頭を垂れる稲穂かな”
新卒入社した会社はインターネット求人広告の会社だった。
何度か書いたことがあるが、イケイケどんどんゴリゴリ新規営業の毎日を送っていた。
3年目になったくらいのタイミングで、上司に入社時に私が書いた“どんな社会人になりたいですか?”というアンケートを見せてもらったことがあった。
なんて書いたか記憶喪失ばりに覚えておらず、新鮮な気持ちでその紙を見た当時の私。
「仕事ができるようになっても、偉そうな人にはならない。威圧感がなくて、親しみやすい気さくな感じの社会人になりたい」
そのようなことが書いてあった。
社会人1年目でまだ仕事なんて全然できていないタイミングで書くことか?と「我ながら、なんか変わってんな」と半笑いで読んだことを覚えている。けど、フレッシュで何もわかっていないからこその素直な気持ち。
私は社会人としてスタートを切ったタイミングから、そういう人に憧れていたんだな、ということを如実に現わしているアンケートだと言える。
*****
転職を経て、もう10年以上。
今は、媒体の企画・営業、取材ライティングなども行っている。色んな業種の人に会う機会がある仕事だ。
そんな中でたまに「この人めっちゃ素敵!」となることがある。いや、「この人のこういうところ素敵やなぁ」はよくあるのだが、全力で私情を挟んだ「素敵!!!♡←」は3年に1回くらい。
昨年ではあるが、前のめりで「素敵!」と気持ちを持っていかれたお客さんがいる。色々とフェイクを入れるが、とある有名企業の広報部長の方。
私が新規アプローチをして、企画を持ち込み提案する機会を得ることができた。気さくで腰も低く爽やかな男性で、初対面から「お~素敵」と心を軽く掴まれる。おそらく少し年上かな?という感じ。
提案内容に関してのリアクションも良好で、話も弾んだ。軽めのノリで話もできるし、グッと深い話もしていただける。雑談も盛り上がり、終始好感触、すっかり心を掴まれた(私が掴まなあかん側なのに)。最後は「ぜひ一緒に仕事しましょう」という雰囲気に。
そして、別れ際も爽やかで「あ~素敵な人やったなぁ」なんて思いながら、会社へと戻ったことを覚えている。
そしてめでたく、大きめの仕事を契約いただくことになった。
取材時もその方は立ち会ってくれて、少し取材対象にもなってくれた。帰り道、一緒に取材に行っていた編集部の先輩もライターさんもみんな「あのお方、素敵!!!」となっていた。恐るべき魅力。
そして、記事を作るにあたり、その人の名前を検索してみることに。
すると……腰を抜かすほどの煌びやかな経歴が明らかになった。
日本トップの東〇大学卒(伏字の意味)、誰もが知っている大手出版社、誰もが知っているスポーツ雑誌のデスクを経て今の会社に入社。そして、ゆくゆくは幹部ポジションという事実も判明。
「え~~~!すごすぎる!!!」
「あんなに腰が低くて、嫌みも驕りも1つもなくて、この経歴よ……」
「いや~あんな人もおるんやなぁ」
編集部の人間と一緒に盛り上がる。
原稿のやり取りも、素晴らしかった。
修正バックされる時、まず「素敵な原稿をありがとうございます」とお褒めの言葉をかけてくださる。そこから、「修正を入れたい箇所が何点あるのですが、可能でしょうか?」とご確認。「そんなん、可能に決まってるよ!」と返したくなる。
入れられた赤も、「あ~確かにこっちの方が文脈が自然で、より伝わるなぁ」と編集スタッフと一緒に感心させられるようなもの(情けなくてすみません)。
なるべく出した原稿は変えないように活かしながら、的確な赤をくれる。「修正まで素敵!!!」と叫びたくなる、いや叫んでいたかもしれない。
しかも、ご自身が編集畑出身で、素晴らしい経歴をお持ちってことは一言も言わないんです!もう完璧!!THE PERFECT!!!PERFECT HUMAN!!!ひゅーーー!!!!
……ふぅ。少し落ち着きますね。
いや、大体、そういう経歴をお持ちの方って「昔こういう仕事をしてて……」などとお話いただくことが多いのだが、本当に一言もおっしゃらない。
編集のプロで精通されていたことを自ら話すことはしない。腰が低くて、威圧感なんて皆無で気遣いもできる。いざ、原稿をやり取りをする際は、プロの返しをしてくださる。
これぞ正に、私が社会人1年目の時描いていた、理想の社会人像。
こういう人に私はなりたい。
いや、全然かけ離れて到底無理だけど。方向性だけは真似したい。真似させてくださいお願いします。厚かましさ100%ですみません。
“実ほど頭を垂れる稲穂かな”
学問や技能が深まった人ほど、かえって他人に対して謙虚になることのたとえ。
松下幸之助さんが座右の銘とされている、この言葉が浮かぶ。
私は今、社会人1年目の自分に恥ずかしくない社会人になれているのだろうか。改めて自分を見つめ直してみたい。
いや~色々しんどい時もあるけど、こういう心を動かす出会いがあるから、“仕事”って良いものだよなぁなんてことを思う。うん、頑張ろう。