うちの介護
母は88歳、昭和の女です。戦争で物の無い幼少期から大きな時代の変化をしぶとく生きてきました。
認知症の今も、昭和に活躍した有名人は覚えていて、新型コロナウイルス感染で亡くなるTVニュースを見て、「大変ねえ、怖いわねえ」と言っています。
認知症といってもアルツハイマー型ではなく、昨年9月の脳梗塞が原因の認知障害です。手足の麻痺といった後遺症は残らなかったものの、脳の認知機能が麻痺しました。例えば、失語症で人との会話ができません。人の話が理解できず、自分も正しい単語を発話できないといった状態です。頭を使わない感覚的な言葉は自然に出てきます。おいしい、痛い、眠い、怖い、大変などは普通に話しています。でも「○○が○○を○○した」という文になるとまったく意味不明の言葉をになります。今日が5月9日土曜日ということはだいたいわかります。昭和はわかりますが令和はわかりません。家族の顔もわかりますが、名前をよく間違えて呼びます。考えずにできる洗濯機や掃除機の操作はできますが、少し頭を使うTVリモコンやレンジのセットはできません。
かかってきた電話に出ることはできますが会話になりません。人の話が理解できないので、まるで相手には話す隙を与えないよう、自分からしゃべり倒します。でも話す言葉はほとんど意味不明なので、かけてきた人は困っていると思います。「頭・馬鹿になっちゃったんです」と聞き取れれば、相手はなんとなく納得してくれるようです。
自分の病気は認識しています。言葉が出ないことを悔しがっています。イライラして怒り出しますが、何を言っているかわかりません。するとますます怒って、まくし立てます。興奮するほど何を言っているかわからなくなるので、手がつけられません。
反面、体は動くので自分は何でもできると思い込んでいます。退院時には高齢者施設に入居することを勧めたのですが、激しく拒否されました。確かに身の回りのことはできます。食事や風呂・トイレなど補助なくできています。だから脳梗塞以前の1人暮らしの生活に戻りたいと主張しました。要介護度は2ですが、調理や見守りをヘルパーさんにお願いすればそれも可能かと思い、ケアマネージャーさんに相談してみました。そして何日か来てもらいましたが、他人が家に来ることを固く拒絶されました。人に助けてもらうのを拒み、自分でなんとかしようとするのは昭和の人です。その頑固さには歯が立ちません。
よって私が同居することになりました。2人暮らしです。
介護といっても今のところは1日3度のご飯を作るだけです。あとは一緒に生活しているだけです。折しも緊急事態宣言により自宅待機せざるを得ないので、感染しないようステイホームしています。
たまたま要介護と私の退職の時期が重なったので同居見守りが可能になりました。先のことは決めていませんが、しばらくこの生活を続けます。