和宮様御留/有吉佐和子
一度(30年程前)に読了した小説を改めて読み返してみました。
何故いまになって「和宮様御留」なのか?
それは偶々実家の母と増上寺の黒本尊さんの脇に和宮さんの立像があったよね?などの会話から、確か左手が無かったんだよね…などと進み、そういえば小説でそれを描いたのって何だっけ?などと話した末にお互い「あれだわ!替え玉の話!」となり細部をすっかり忘れていたので読み返してみよう!となったからなのです(老いるショック)
小説の元になった史実は、増上寺御霊屋の発掘調査の際に書き残されている皇女和宮の記録「幼少より膝に障がいがあり歩行が不自由」に反して、遺骨の脚部には該当する不具合が全くなく、しかしどれだけ探索しても「左手(手首より先)」の骨が見つからなかった…であり、降嫁後の絵姿や件の立像も左手は袖で隠されて描かれておりません。
京都に残る降嫁以前の記録と、江戸に降りてからの記録に全くかみ合わない齟齬があるのは何故か?を骨子としたこの小説は作者の視線が非常にクールで、登場人物の誰にも寄せていない俯瞰からの視点で描写されていることもあり、淡々と進んでいきます。
そして最後の最後に大きな謎が解明される為、本当に寸暇を惜しんで一気に読んでしまいたくなる作品です。
お話は祇園祭の直前から始まります。
最初に登場するのは「フキ」と言う名の少女です。フキは橋本実麗(和宮の叔父)邸の下働きとして雇われる孤児です。年恰好が近いこと、親を含む親族が居ないことなどから、和宮の母(橋本経子)の目に留まり和宮の替え玉として桂邸に召し上げられ、すべての物語が動き出します。
もちろん歴史小説でもあるため、和宮が有栖川宮との婚約を破棄し、公武合体政策の一環として徳川家茂に嫁ぐ流れは変わりません。公家と武家の思惑によってスムーズには進まない和宮の降嫁の裏で、ひそやかにフキが替え玉として仕立て上げられていきます。
教育を受ける事なく文字を知らない少女が、影の如く和宮の脇に控えてその様を見つめ、徐々に所作や短い受け答えを覚え、お習字をする宮さんの筆を動かす真似事までを覚え込まされますが、それらが何のためなのかは最後までフキには伝えられません。
召し上げられた少女がいつしか宮さんになっていく様子、無関係に進められる皇女降嫁政策、京都側の思惑と江戸幕府の企てとそれらを含む世論の移り変わり。替え玉の少女がいつ如何なる理由で左手を逸するのか?周囲は誰も入れ替わりに気づかないのか?淡々とすすむ歴史の裏側で起こる諸々の事件の数々。一度読み始めたら最後まで気になって栞を挟むことを忘れてしまいます。
発刊当時は大ベストセラーで、舞台劇やドラマになったことも多々あるそうですが、残念ながらドラマや舞台劇をあまり見ないので別媒体での鑑賞は未経験です。
物語の面白さはもちろんです。けれど作中の公家言葉での会話や御簾の奥の日々の暮らしが丁寧に描かれている部分も興味深く読めてお勧めです。
そういえば今年の頭から増上寺の宝物展示室で御霊屋の模型が公開されています。戦災で焼失し二度とその姿を実際に見る事はかないませんが、写真でしか見られなかった御霊屋を立体で具に見学できるので興味があれば一度お出かけください。(まるで広報の人)