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住みやすい町とはなにか、少し考えてみた

フリーランスになってから、車を辞めてみようと試み、本当に自動車を手放してみた。移動はもっぱら自転車で最寄り駅まで向かい、そこから取材先へ電車で向かうというスタイルだ。都市圏ならば、このスタイルで十分対応できるのだが、筆者の住んでいる場所は中核都市から電車で40分ほど山間に進んだ所、電車も1時間に4本ほど走っているいわゆる田舎の団地になる。よくいえば郊外の静かなベットタウンだろう。
さて、ここ数年、このスタイルで仕事をこなしているわけだが、いろいろな問題点もみえてくるようになった。そのへんを少しまとめてみようと思う。あまり参考にならない駄文だが、お付き合いいただけたら幸いだ。

実は歩行者に優しくない=車社会の盲点

車がないとどこにも出かけられないか?この問いにはNoを突きつけたい。電車で、であれば遠く東京や大阪まで行けてしまう。新幹線を使えば東京は2時間以内である。電車内では仕事の原稿だって書けるし、電話だってできないことはない、メールの返信やマガジンを呼んでいたら横浜まで着いてしまったなんてこともある。だから車が絶対に便利かといえばそうでもない。実際に車を無くしてみて思うのは、移動時間を有効に使えるようになったなと思うことだ。本を読むとか文章を書くとか、スマホの写真を整理したり、取材先の情報を改めて読み込むこともできるため、そこまで不便していない。

いいことばかりではない。自宅から最寄り駅まで徒歩で25分、自転車でも10分はかかる。その移動時間を入れておかないと慌てることになるし、朝は晴れていたが夕方取材先から帰宅したら大雨に見舞われたなんてこともある。寒い冬は流石に寒いし、夏は当たり前だが暑い。
その上、歩行者や自転車という立場になって改めて自動車ほど怖いと思ったことはない。歩道のない道路では筆者のわずか20cmわきを車が30km/hで過ぎ去るのだ。ぶつかったら怪我をする。また、高齢者が多いためか、それともあまりマナーとして歩行者を見ていないのか、横断歩道を渡りたくても止まってくれないどころか、クラクションを鳴らされちゅういされることもある。
横断歩道で止まってくれないのは高齢者ドライバーだけではないが、圧倒的に高齢者が多い。脇道から左右を見ないで飛び出してくるのも高齢者ドライバーである。せめて左右の確認くらいしてくれ、といつも思う。

が、先日、妻の車を借りて久しぶりに娘とドライブへ行ってきた時のこと、わずか数百メートルの道すがらで2度、事故に見舞われそうになった。どちらも脇道から左右を見ずに飛び出してきて、寸前のところでこちらが避けたのだ。
確かに決して見晴らしのいい交差点ではないが、止まって落ち着いて左右を確認すれば、車が来ていることはみえるだろう。しかし飛び出してきたことで見ていないことは明白であり、おそらく、だが勘で運転されているのではないだろうか?

車社会って、実は高齢化の社会に適応していないのではないだろうか、公共交通機関の発達していない田舎の団地では車に頼るしかない状況はあるわけだし、自動運転がいくら発達して、MaaSが実現したとしてもそれを利用するとは思えないし、田舎ではコストパフォーマンスが悪すぎて現実的ではないと思う。
また、後に書くがキャッシュレス社会とかが日本で普及しきらないのは高齢化のスピードと関係あるのでなかろうかと思うのだ。

キャッシュレス決済もなかなかに優しくない社会実験だ


話は変わるが、あるドラッグスアでの一コマ。

店員「ポイントカードのポイントで1000ポイントあります、そちらでお支払いしますか?」
客(男性70代)「おう、だからこれで払うわ」とおもむろに1000円札を投げる。
店員「あ、カードにチャージですか?」
客「だから、この金で払うわ!!」
店員「失礼しました!現金でお支払いですね?」
客「は?だからカードで払えるんだろ!!!」と、レジにて押し問答。
店員が困り果ててしまい、結局店長がそのお客さんを対応した。

電子決済、クレジットカード、現金と支払い方法の多様化による分断はこうして生まれる。

この店ではJCB系のチャージ式電子マネー機能のついたポイントカードを発行しており、そのお客さんは買い物ポイントで1000ポイント以上溜まっていたらしく、不足分をカードにチャージするのか、現金で支払うのかと問いかけられていた。
キャッシュレス決済の機能のついたポイントカードの仕組みを理解していないから起こる事象だと思うが、そのやり取りで怒る方も堪え性のない人だなと感じてしまった。

しかし、だ、キャッシュレス決済が日本でいまいち普及しないのはその仕組みの複雑さがあるからだと言える。いちいちカードにチャージする行為と、ポイント付随の仕組み、支払いの仕組みが複雑なのだ。そのドラッグストアだけではあるが、レジでカードにチャージするしか方法がなく、その行為が会計時なので客がレジ待ちで列をなす。しかもその仕組を理解していない人がいくつも支払い方法を矢継ぎ早に提示されるので混乱するに決まっている。

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引用:ITメディアモバイル

最近では鉄道系のキャッシュレス決済が鉄道利用者の8割弱だとデータが出ているが、鉄道に乗らない人には縁のない「お金をチャージする行為」は高齢者にとって仕組みとして難しいということになる。覚えようとしない人に覚えろと迫るのは暴論なので、ここは仕組みを作った人が考え直す時期にきているのではないだろうか?

こうして若い世代、現役世代、高齢世代と3つの分断が生まれることになる。キャッシュレス決済のうんぬんだけでもこうした分断が生まれるのだ。

しかし調べておもったのだが、きっぷを購入する乗客は7.5%しかいないとのこと。変わる世界を見ているようで面白い。また、交通系のICカードを使用している方は電子マネー決済に抵抗がないことも解る。

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引用:ITメディアモバイル

車社会である郊外の田舎と、交通網の発達が進んだ都市部ではこうした便利なアイテムの差異も生まれているのだと認識したほうがいい。田舎であればあるほど、分断が進み、地方創生とか再生とか持続可能な社会とかが霞んでみえる未来が見え隠れする。

結局優しい社会とは何なのだろう?

結局、ここに至る。優しい社会とは高齢者に優しい社会なのだろうか?この問は否定したい。なぜなら変化する社会を作り上げてきた本人たちがいつの間にか引退して、傍若無人(と言い切る)な振る舞いを善しとした社会なんて現役世代から見ると不便極まりない。
先日の総選挙もそうだが、今の政府、与党をはじめ野党ですら現役の国会議員は60歳を優に超えた大人たちの集まりになっている。最も若い岐阜5区から出馬した25歳の女性を比例当選で繰り上げれなかった立民は論客も失い、勢いも失いつつある。
で、現役世代がせっせと稼いだ金を税金として吸い上げてジャブジャブと使うのもこれらのメンツなのだからたまらない。もっと現役世代やZ世代は声を上げてもいいはずだ。

SDGsなんてのも聞こえはいいがこれを理解している企業や団体はどのくらいいるのだろうか?優しい社会を目指すのではない、更に開発をすすめる目標がSDGsなのだから、そろそろその違和感に気がついたほうがいい。

結局、優しくない社会が出来上がってしまっている以上、誰でも取り残されてしまう可能性だってあるのだ。そこへれいわ新選組のような口当たりの良い政党が入り込んできたり、維新の会のような中道のフリをした政党に人気が出たりと、日本の混沌とはなぜにこんなにも素敵なのだろうと思う次第。

なんでも便利になればいい社会より、少しだけでも不便を残した社会のほうが、筆者は楽しいし、アナログがノスタルジックにならない努力は実は必要なんだなとこの頃感じる。

持続可能な開発目標を持つのはいい。企業であれば当然だ。でも市町村など、公共と呼ばれる何かまでこの目標を持つと社会が分断だらけになるのではなかろうか?
市町村であれば持続可能な社会と目標を定めて、まずは高齢化する社会に優しいインフラの整備、次に便利な社会の確立が急務で、団塊世代、現役世代、若者世代とのバランスを考えた社会投資を考えて作り上げないとだめなんじゃないだろうか?

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