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九話 渡航

 乗船命令は深夜になって発令された。
 思った通りである。
 新兵たちは暗闇の中、二列縦隊になって歩き出す。靴音を消し、息を殺す。岸壁に碇泊している樺太丸に向かった。
 
 輸送船は電灯を点けていないので、黒い大きな影にしか見えない。
 そんな中、続々とタラップを上がる新兵。浅井も遅れぬよう後に続く。

 三等船室らしいところに入った。
 暗がりの中、壁の貼紙が見える。
 『ラムネ』と書いてあるのを見て、やはり樺太丸は船室も三等、三下だなと浅井は思った。
 前の者に続いて床に腰を下ろすと、久しぶりに樺太丸のタービン音と床を揺るがす響きを感じた。新兵たちは腰を下ろすもなお無言で、その場に静かに座っている。自分たちが話すと、その声が敵潜水艦のレーダーに聴き取らやしないか警戒しているのだ。
 日本近海では、米軍機の空襲はまだないが、米潜水艦は数多く潜航しているらしい。 浅井は、対馬海峡で敵潜水艦の魚雷攻撃に遭い、海に放り出さる場面を想像した。
 冬の対馬海峡は流れが速い。放り出されたら小銃を持って泳ぎ切るのは至難の業だ。
 「大元帥陛下の天皇から御下賜されたものであるから心して使え!」
 佐倉連隊を出発時、そう注意され班長から受け取った。
 しかし、これではとてもでないが小銃を持って泳ぎ切れない。間違いなく捨ててしまうと浅井は思った。
 最早、敵潜水艦の標的にならないことを祈るしかない。その時小銃をどうするか。年上の同じ新兵に訊こうと思ったが、訊かれても返事に困るのではないか・・・。
 浅井は訊こうか訊くまいか悩んでいるうちに寝てしまった。

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